第62話:灯りの戻った街の、その後で
会頭ドラートの断罪から、数日。
王都の下町は静かに、けれど、確かに色を取り戻していた。ガレオンの市の跡地には、正直な細工師たちの露店が並び、婚礼の指輪も、弔いの喪石も、今度は心を込めて彫られた本物が、庶民の手に渡っていく。
借金の証文を無効にされた職人たちは、まともな仕事へ戻った。かつて型に硝子を流していた男たちが、今は自分の彫った石を誇らしげに客へ見せている。
「御用鑑定人さま。うちの倅の婚礼の指輪、彫り上がりました」
いちばん年かさの職人が、小さな指輪を差し出した。ノエリアは挨拶をして、ルーペを覗く。小粒だが、正直な紅玉。
「……見事ですわ」
彼女は微笑んだ。
「石は、小そうございますけれど。込められた腕は、王都一ですわ。倅さんの奥さまは、お幸せですわね」
*
工房も平穏を取り戻していた。
ミルカはまた一つ、背が伸びた。原石の目利きの勘は、相変わらず、時々、驚くほど当たる。けれど、ノエリアはそれを急いで開かせなかった。「ゆっくりでよろしくてよ」と。急いで割った原石は、中の光を殺してしまう。
ベンノは取り戻された真作の、修復の下ごしらえに腕を撫していた。二十年、偽物にすり替えられていた本物たちを、いつか、大宝冠へ戻す日のために。
そして、ルキウス。感情を取り戻した宵闇の宝石公は、近ごろ、工房の者を時折、戸惑わせた。氷のようだった当主が、ミルカの淹れた茶に「美味い」と呟き、庭の緑に足を止める。
その日も彼はノエリアに小さな包みを差し出した。
「……贈り物ではない」
「あら。では何ですの?」
「工房にお前専用の鑑定用の手燭を誂えた。夜の鑑定で手元が暗いと目を悪くする。……ただの実用品だ」
「実用品、ですのね」
「そうだ」
ノエリアは扇の陰で笑った。断る側だった攻防が、すっかり逆さまになって。彼が次々と「実用品」を差し出しては、断られるのを少しだけ寂しそうにする。感情が戻るとこういう可愛げまで戻ってしまうらしい。
「……お借り、いたしますわ。目を悪くするといけませんもの」
*
ペルラの処遇も定まった。
彼女はかつて、姉を陥れ、偽りの光で庶民を欺いた。その罪は消えない。けれど、証言によって、会頭を落とす、決定的な役目を果たした。世間の目はまだ厳しかったが、王室は彼女を断罪ではなく、償いの道へ置いた。
ペルラは下町の復興を手伝うことになった。かつて偽物を光らせて売った同じ街で、今度は本物の細工師たちの店を飾りつけ、客を呼ぶ。
「……演出は嘘じゃ、なかったのね」
ペルラはぽつりと言ったという。
「石を偽物に見せかけるのは、嘘。でも、本物の石をいちばん美しく見せるのは——嘘じゃ、ない。あたしのこの目立ちたがりも、本物のためになら、役に立つんだ」
その言葉をノエリアは伝え聞いて、静かに微笑んだ。
*
街の点検を終えた夕暮れ、ノエリアはふと思い立った。
会頭は落ちた。庶民の街には灯りが戻った。妹は償いの道へ。——けれど、まだ姉妹の間には、きちんと言葉にしていないものが、あった。断罪の夜会から、ずっと。法廷で視線は交わした。けれど、二人だけで向き合って、話したことはまだ一度もなかった。
「……ペルラに会いに参りますわ」
彼女は母のノートの帙をそっと撫でた。母が姉妹の仲をいちばん案じていたことを知っていた。
「二人だけで。——嵐が静まった、今のうちに」
白い花の髪飾りが、夕陽にそっと光った。
償いというのは、罰の別名ではございませんのよ。あの子は、かつて偽物を光らせた同じ街で、今度は本物を美しく見せる役に就きましたわ。……人が活きる場所というのは、たいてい、その人がいちばん大きく失敗した場所の、すぐ隣にございますの。
それにしても「実用品」。断る側と断られる側が、すっかり入れ替わってしまいましたわね。手燭は、ありがたく。目を悪くするといけませんもの。
次回、姉妹で、二人だけで話しますわ。そっと聞いてくださいまし。【ブックマーク】と【☆評価】を添えて。




