第61話:客が信じた値段の、果て
裁定官が、立ち上がった。
広間の水を打ったような静けさの中で、判決が、読み上げられる。
「ガレオン商会会頭ドラート。庶民への詐欺、王家ゆかりの真作の不正保有ならびに着服、そして、ヴァルトシュタイン公爵への暗殺未遂。——いずれも鑑定と証言をもって、立証された。よって、その身柄を拘禁する」
傍聴席が、爆ぜた。かつて偽石を摑まされた庶民が、職人が、声を上げた。二十年、王都の宝石に嘘を混ぜ続けた男が、ついに落ちた。
*
衛兵に囲まれ、被告席から引き立てられながら、ドラートは、まだ笑おうとしていた。けれど、その笑みはもうどこにも届かなかった。
「……おかしいと思わんかね」
彼は掠れた声で独りごちた。
「わたしは二十年、この王都に山ほどの宝石を売ってきた。誰もがわたしの言い値を信じた。光れば、本物だと。高ければ、価値があると。——価値とは、客が信じた、値段のこと。それがわたしの商売だった」
ノエリアはその言葉を静かに受け止めた。
「ええ。あなたはそうおっしゃいましたわね。会頭さん」
彼女は卓の上の取り戻した真作たちを、見た。昼の青玉。朝の黄玉。二十年、暗闇に囲われていた、本物たち。
「けれど、あなたはひとつ、間違えておりましたの。値段は信じる者がいて、はじめて、価値になりますわ。——あなたの光る看板を王都じゅうが信じていた間は、確かにあなたの偽物は価値を持っていた。ですけれど、たった一人が『それは硝子ですわ』と、視抜いてしまえば。そして、その一人の言葉を庶民が信じはじめてしまえば」
彼女はドラートをまっすぐに見た。
「あなたの値段は誰にも信じてもらえなくなりますの。——価値が客が信じた値段のことなら。客が誰も信じなくなったあなたは、いま、いくらの値打ちですの?」
ドラートは、答えなかった。答えられなかった。誰にも信じられなくなった男の値段は、ゼロだった。彼自身の商売の理屈で。
*
「石は、嘘をつきませんの」
ノエリアは鑑定書に封蝋を落とした。とろり、ぽたり。二十年分の嘘の帳尻が、いま正式に合わせられる音だった。
「あなたは光る偽物で栄えましたわ。けれど、栄えた分だけ、剝がれるときは深うございますの。——ざまぁ、というには静かすぎましたかしら。けれど、これがわたくしの流儀ですわ。告発ではなく、立証で。声高な断罪ではなく、剝がれ落ちる嘘で」
衛兵が、ドラートを引き立てていく。
その、最後の瞬間。
ドラートが、ノエリアの傍を通り過ぎながら、囁いた。にこにこと。今度こそ、いちばん毒のある笑みで。
「……鑑定人どの。ひとつ、餞別を差し上げよう」
彼は傍聴席の奥の涼しい顔の老人——モルガナ卿を、ちらりと見て、それから、ノエリアの耳元で低く。
「あなたの母上のことも。——あの人に聞くといい。二十年前の雨の夜のことを。わたしは運んだだけだ。だが、あの車軸に鋸を入れよと命じたのは。……ふふ。せいぜい気張りなさい」
ノエリアの指先が凍った。
*
けれど、彼女は動じなかった。表情ひとつ、崩さなかった。
「……ええ。聞きますわ。必ず」
彼女は、まっすぐに告げた。
「あなたのその餞別。——ありがたく、頂戴いたしますわ、会頭さん。あなたはいちばん最後にいちばん大事なことを、こぼしてくださいましたのね。追い詰められた者は、正直になる。石も、人も」
ドラートは引き立てられ、広間を去った。二十年の嘘の帝国がひとりの鑑定人の眼の前で、音もなく、崩れ落ちた。
傍聴席の奥。モルガナ卿は、いつのまにか姿を消していた。切り捨てた尻尾が、裁かれるのを見届けて、涼しい顔のまま、宮廷の高みへ退いたのだ。
けれど、ノエリアの眼はその、消えた席を静かに見据えていた。
(次はあなたですわ、モルガナ卿。——尻尾を裁いて、終わりには、いたしませんの)
罵声を浴びせるざまぁもございますけれど、この物語はそちらへは参りませんの。剝がれ落ちてゆくものを、黙って見ている。……いちばん静かなざまぁが、いちばん後戻りのきかないものだと思っておりますのよ。
それにしても、最後の最後に毒を置いていく方ですこと。ご本人は餞別のおつもりでしょうけれど、こちらには手がかりですわ。ええ、ありがたく頂戴いたします。
次回、後片づけでございます。お付き合いくださる方は、【ブックマーク】と【☆評価】を。




