第6話:妹の光、姉の眼
「皆さま、ぜひご覧になって。明日の競売の前祝いに、わたくしの鑑定を」
ペルラの声が広間に通ると、人の輪は、あっという間にできあがった。
社交界の新しい寵児。「光る鑑定」のペルラ嬢。彼女が石を翳せば、真贋が光で分かる——王都の半分は、もうその信者だった。
給仕の盆から、どこかの夫人が、紅玉の指輪を差し出す。ペルラが白い指でつまみ、頭上の灯りにすっと翳した。
——ぱあ、と。
石が七色にほとばしった。歓声。拍手。
「本物ですわ、奥様。それもとびきりの!」
「まあ! まあまあ! 亡き母の形見ですのよ、やっぱり本物……!」
「次はわたしのを」「うちの首飾りも」
列ができる。ペルラは一つひとつ、歌うように石を翳し、光らせ、宣言していく。本物。本物。これは少し曇りが……いえ、磨けば大丈夫。本物。
その様子をノエリアは輪の外から見ていた。
(……きれいな光)
ほんとうにきれいな光なのだ。それは認める。会場のシャンデリアよりも、貴婦人たちのどの石よりも、妹の翳す石は華やかに輝く。
けれど。
(——どうして、全部、おなじ光ですの?)
紅玉と、翠玉と、金剛石。性質も、育ちも、まるで違う石たちが、ペルラの手の中では、寸分違わぬ同じ調子で、同じ強さで、同じ「七色」に光る。本物の輝きは、そうではない。
本物は角度で翳る。芯のところに一点、灯りを溜めて、覗き込む者の動きに合わせて、ためらいがちに瞬く。——生き物の目のように。
妹の光はまばたきをしない。あの婚約破棄の夜、壇上で輝き続けていた、三つの硝子と——同じ。そして、ノエリアの眼はその光の輪郭にもうひとつ別のものを、視ていた。
(光の、裏側。ほんのわずかに……濁り?)
石から出る光ではない、何か別のものが光に混ざっている。気配としか言いようのない、薄い、薄い、膜のような——。
「姉さま?」
いつの間にか、ペルラがこちらを見ていた。輪の中から、小首を傾げて。
「そんなところで難しいお顔をなさって。ああ、もしかして」
くす、と袖で口元を隠す。
「姉さまも鑑定をご披露なさりたいの? ふふ、ごめんなさい、皆さま。姉の鑑定は時間がかかりますのよ。石を撫でて、挨拶をして、お話を聞いて——まだ石を撫でて暮らしていらっしゃるのね、姉さま」
どっと笑いが起きた。
「ペルラ嬢の光と比べるのは、酷というもの」「挨拶で真贋が分かれば、苦労はないわ」
ミルカがその場にいたら、噛みついていたかもしれない。実際、噛みつきかけた者は、いた——隣のルキウスの纏う空気が、一段、冷えたのだ。ノエリアはその袖口にそっと指先で触れて、制した。そして、にっこりと笑った。
「ええ。わたくしの鑑定は、時間がかかりますの」
それだけ言って、礼をした。売り言葉は買わない。
(眼は、怒りで曇りますのよ。——ねえ、ペルラ。あなたのその光は、誰に借りたもの?)
確信はまだない。確信のない鑑定を口にしてはいけない。それは父の商会が捨てた規律で、彼女が、捨てなかった規律だ。
けれど、と。ノエリアは胸の奥で静かに白手袋を嵌め直す。
——撫でさせていただければ、石は、ぜんぶ話してくださる。あなたのその光が、どこから来たのかも。
*
帰りの馬車でルキウスがぽつりと言った。
「言わせておいて、よかったのか」
「鑑定士の喧嘩は舌でするものでは、ありませんわ」
「ほう」
「石でいたしますの」
ルキウスはふ、と息だけで笑った——ように見えた。表情は変わらないのに、空気だけがわずかに緩む。この人の「笑い」をノエリアは最近すこし、聞き分けられるように、なってきた。
「それより、公爵様。今夜の目録をご覧になりまして?」
「百二十点。目玉は東方渡りの大粒紅玉——『暁の紅玉』」
「ええ、それですわ」
ノエリアは膝の上で指を組んだ。
「『暁の紅玉』。その名前の石をわたくし、母のノートで読んだ覚えが、ありますの」
「ほう?」
「母の書きぶりでは、それは競売に出るような石では、ございませんでした。あれは確か——王家ゆかりの石、と」
車内に雨の夜とおなじ種類の静寂が、落ちた。
「……明日の競売、鑑定保証人は誰だ」
「目録の末尾に署名がございましたわ」
ノエリアはすこしだけ、目を伏せた。
「グランツ商会、ペルラ・グランツ。——妹、ですの」
まばたきをしない光と、角度で翳る本物。
そして競売の目録にいてはいけない石の名前。次回、競売の幕が上がりますわ。【ブックマーク】と【☆評価】で、どうぞ最前列の席をお取りになって。




