第58話:光る言葉と、黙る物証
公開裁定が、始まった。
ノエリアは四つの証拠の山を前に、静かに、立証を始めた。声を張らず、演説もせず。ただ、一つずつ、物証を卓に置いていく。
「第一の罪。庶民への詐欺」
彼女は鑑定書の束を示した。
「弔いの喪石、婚礼の指輪、形見の石。ガレオン商会はこれらを本物と偽り、染め硝子を庶民に売りましたわ。ここに被害者の鑑定書が、百二十七件。すべて、御用鑑定人の眼と王立鑑定院の計測で偽物と確認済みですの」
傍聴席の庶民が、ざわめいた。自分の握らされた硝子の、その罪がいま公に読み上げられていく。
*
「第二の罪。王家ゆかりの真作の、不正な保有」
ノエリアは、金庫から取り戻した真作を、卓に並べた。深い青の昼の青玉。ほかにも、宮廷や名家から「消えた」ことになっている名石が、幾つも。
「これらは二十年前の大修復を境に、散逸したとされる真作。すり替えられ、本物だけが会頭さんの金庫に囲われておりましたわ。——ここに二十年分のすり替えの帳簿がございますの。どの石をいつ、どの合成石とすり替えたか。会頭さんの手の内から、押収したものですわ」
エルネストが、進み出た。
「王立鑑定院として、証言する。この帳簿に記された合成石の屈折率と比重は、押収品の計測値と完全に一致する。捏造ではあり得ない。二十年前の本物の記録だ」
「第三の罪。夜天商会当主、ヴァルトシュタイン公爵への、暗殺未遂」
ノエリアは共鳴札を掲げた。
「新月の夜、公爵様の家宝の石を外から煽って暴走させ、命を奪おうとした仕掛け。この札の裏にガレオン工房の銘がございますの。——選定試験の広間で割れた妹の共鳴札と、同じ職人の同じ鋳型の癖。会頭さんの工房から出た、動かぬ殺人未遂の証ですわ」
*
三つの罪状が物証とともに積み上がった。けれど、被告の席のドラートは、崩れなかった。にこにこと慇懃に彼は口を開いた。
「見事なお手並みですなあ、御用鑑定人さま」
その声は追い詰められてなお、油のように滑らかだった。
「ですが——それらが、わたし『一人』の罪だと、どうして、言えますかな? 帳簿は確かにわたしの商会のもの。ですが、わたしは運び屋にすぎん。すり替えを差配したのは、もっと上の方。真作を集めよと命じたのも、上の方。わたしは命じられるまま、運んだだけ。……札とて、工房の者が勝手にやったこと。わたしは何も知らんのですよ」
光る言葉だった。まばたきをしない均一な言い逃れの光。すべての罪を「上からの指示」と「部下の勝手」へ、滑らかに逃がしていく。
傍聴席が、どよめいた。物証は揃っている。けれど、その物証が「会頭本人の、故意」であることを——ドラート自身が、知っていて、命じてやったのだと決定づけるものが、ない。
物証は、黙っている。物証は光らない。「誰が何を思ってやったか」までは、語らない。
*
「……なるほど」
ノエリアは微笑んだ。動じては、いなかった。
「物証は事実を語りますわ。けれど、あなたの言う通り、物証は『あなたの心の中』までは、語りませんのね。あなたが、知っていて、命じたのか。それとも本当に何も知らぬ運び屋だったのか。——石はそこまでは話してくれませんの」
「ではわたしの勝ちですなあ」
「いいえ」
ノエリアはゆっくりと傍聴席の一角へ視線を向けた。
「石が語らぬ『心の中』は、それを傍で視ていた、人が語りますわ。——あなたが、知っていて、命じていたことを。あなたが、何を思っていたかを」
彼女は裁定官に向き直り、澄んだ声で告げた。
「証人を申請いたしますわ。——ガレオン商会にて、会頭さんの『光る看板』を、三年務めた者。ペルラ・グランツ嬢を」
傍聴席のいちばん奥。
フードを外し、蒼白な顔で、けれど、まっすぐに前を見て、ひとりの娘が立ち上がった。会頭ドラートのにこにこ顔が——初めて、ぴくりと引き攣った。
声を張らずに立証する、というのは案外、強うございますのよ。大きな声には大きな声で返せますけれど、卓に物を置く音には返しようがございませんもの。
追い詰められた方の言い逃れは、判で押したように二種類ですのね。「上に命じられた」と「部下が勝手に」。上と下の両方へ責を配って、真ん中だけを空にしてしまいますの。
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