第57話:裁定の卓に、証拠を積む
公開裁定の前夜、夜天商会の工房は、灯りを落とさなかった。卓の上に明日、王都の目の前に晒す証拠が、整然と並べられていく。ノエリアは白手袋の指でひとつずつ、確かめていった。
「布陣を確かめますわ」
彼女は四つの山を順に指した。
「ひとつ。二十年分のすり替えの帳簿。会頭さんの手の内から押収した、几帳面な罪の記録。ふたつ。心臓を狙った、共鳴札。ガレオン工房の銘が、殺人未遂を告げますの。みっつ。金庫から取り戻した、真作の数々。よっつ。庶民の被害の鑑定書の束」
*
「立証は四つの支柱で支えますの」
ノエリアは傍らの三人を見渡した。ルキウス、ベンノ、エルネスト。
「わたくしの眼が真作と偽物の来歴を視抜きますわ。エルネスト様の計測が、それを誰の目にも同じ数字で、裏づけます。ベンノの証言が二十年前の大修復の下請けの、生き証人として、現場を語りますの。そして——ペルラの証言が、会頭さんの手口を内側から、明かしますわ」
「眼と、数字と、記憶と、内部の声か」
エルネストが、屈折計の函を撫でながら、生真面目に頷いた。
「どれか一つなら、覆せる。眼は再現性がないと。数字は解釈次第だと。証言は嘘かもしれん、と。——だが、四つが寸分違わず同じ結論を指せば、覆しようがない。ばらばらの四つが、一点で交わるとき、それはもう疑いではなく、事実になる」
「その通りですわ」
ノエリアは、微笑んだ。
「一つの証は崩せますの。四つの証が噛み合えば、崩せませんわ。——ちょうど、光る偽物一つでは、社交界を騙せても、眼と、刻印と、様式が揃えば、剝がれるように」
*
「問題は妹御の証言をどう守るかだ」
ルキウスが核心を突いた。
「ドラートは必ずペルラを貶めにかかる。『かつて姉を陥れた女の言うことなど、信用できるか』と。『借金逃れの金目当ての作り話だ』と。証人の人格を崩しに来る」
「ええ。ですから」
ノエリアは、頷いた。
「ペルラの証言はそれ単独では出しませんの。あの子が語る一つひとつを、必ず物証で裏づけますわ。あの子が『共鳴魔具の光は、こう出た』と言えば、押収した札で実演する。『金庫に本物があった』と言えば、取り戻した真作を卓に置く。——妹の言葉が嘘か真か、世間の想像に委ねませんの。物証が一つひとつ真だと証してみせますわ」
「妹の声を物証で鎧うのだな」
「ええ。あの子はもう独りで矢面に立ちませんわ。姉の眼と皆の証があの子の言葉を守りますの」
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夜が更け、証拠の点検が終わったころ。
ノエリアは母のノートをそっと開いた。明日、母の追ってきた真実の、いちばん手前の岸——ドラートを、落とす。その先に母を呑んだ本当の手が待っている。
(明日はその、いちばん手前まで参りますわ、お母様)
彼女はノートを閉じ、白い花の髪飾りにそっと触れた。妹の勇気の朽ちない花に。
*
そして、公開裁定の当日。
王都の大広間に傍聴の民が、詰めかけた。かつて偽石を摑まされた庶民。職人。名士。裁定官の卓を前に被告の席には会頭ドラートが相変わらず、にこにこと座っていた。追い詰められてなお、その慇懃な仮面を崩さずに。
ノエリアは、御用鑑定人の紺の外套で、立証人の席に立った。四つの証拠の山を傍らに。その、傍聴席のいちばん奥。ノエリアの眼がふと一人の老人を捉えた。
枯れた、上品な佇まい。宮廷宝物管理官の正装。——モルガナ卿。会頭の背後にいた、本当の主。母を雨に沈めた、差配者。その男が涼しい顔でまるで他人事のように、裁定を見物に来ていた。
二人の視線が一瞬、交わった。モルガナ卿は、ノエリアに向かって、ごく穏やかに微笑んで見せた。「せいぜい尻尾を裁くがよい」とでも、言うように。
(……ええ、見ていらっしゃいまし、モルガナ卿)
ノエリアはその視線を静かに受け止めた。
(今日はあなたの尻尾を落としますわ。——けれど、その次は、あなたの番ですのよ)
証人を守るというのは、身体を囲うことだけではございませんのよ。言葉のほうも鎧わねばなりません。あの子が口を開くたび、隣に物証を一つ置く。そうすれば崩しにかかる相手は、あの子ではなく物証のほうになりますもの。
被告席でにこにこしていられるのも、今のうちですわ。あの笑みがいつ剝がれるか——明日、皆さまとご一緒に見届けましょう。
次回、いよいよ裁定。傍聴席は開いておりますわ。【ブックマーク】と【☆評価】で、どうぞお掛けになって。




