第56話:口を塞ぐ手、守る盾
召喚状に追い詰められた会頭ドラートが、最後の足掻きに動いた。
狙いは、証人ペルラ。彼女の口さえ塞げば、殺人未遂の立証は、内部の証言を欠き、また「上からの指示」で逃げおおせる。追い詰められた蜘蛛が、いちばん危うい手を打ってきた。
その夜、ペルラを匿った隠れ家に、黒い影が忍び寄った。
——けれど、そこには盾があった。
「動くな」
夜天商会の護衛が、影を音もなく取り押さえた。ルキウスは、妹の警告を受けたあの日から、ペルラの守りを幾重にも固めていた。表に見える護りと、見えない護りと。口を塞ぎに来た手の者は、一人残らず、捕らえられた。
*
「怪我は、ございませんこと?」
報せを受けて駆けつけたノエリアに、ペルラは青ざめた顔で、けれど、しっかりと頷いた。
「……大丈夫。守って、もらったから。あたし、こんなに大事に守られたの生まれて初めて」
彼女は震える手で姉の袖をそっと摘まんだ。
「姉さま。あの人、あたしを消そうとしたのよね。あたしが証言するのを止めるために。……それって、つまり」
「ええ」
ノエリアは頷いた。
「あなたの証言がそれだけ、あの方の急所だという、何よりの証ですわ。——ペルラ。口を塞ごうとする手そのものが、いちばん雄弁な罪の告白ですのよ。捕らえた手の者の背後を辿れば、糸は、会頭さんへまっすぐ繋がりますわ」
*
ノエリアは、その足で王室へ向かった。
捕らえた口封じの実行犯。共鳴札の殺人未遂の銘。二十年分の帳簿。押収した真作。庶民の被害の鑑定書。——証拠は山と積み上がっていた。あとはこれを公の場で一枚の裁きへと束ねるだけ。
「御用鑑定人として、上申いたしますわ」
彼女は王室の裁定官の前に進み出た。
「ガレオン商会会頭ドラートの、庶民への詐欺、王家ゆかりの真作の不正保有、そして——夜天商会当主、ヴァルトシュタイン公爵への、暗殺未遂。これらを公開の裁定の場にて、鑑定と証言をもって、立証いたしとう存じますの」
「公開の裁定を」
裁定官が、渋った。宮廷の高みから、また無言の圧が働いていた。会頭を裁けば、その背後の糸がどこまで手繰られるか——それを、恐れる者がいる。
「隠せば、隠すほど」
ノエリアは、裁定官の目を見て言った。
「なぜ隠すのか、と、民が問いますわ。会頭さんは庶民の弔いと祝言に硝子を売った。公爵を手にかけようとした。これを裁かねば、王室の威信こそが、揺らぎますのよ。——公開の裁定は、会頭さんのためではございませんわ。王室の潔白のためですの」
*
その理屈は宮廷の壁のいちばん弱いところを、突いた。
背後の力は、ドラートをすでに切り捨てている。ならば、ドラート一人を派手に裁いて見せることは、むしろ、背後の力にとって、都合がよかった。「悪いのは、この会頭一人。王室は正しく、これを裁いた」と、示せるから。尻尾を大きく切って見せる。
「……よかろう」
裁定官はついに頷いた。
「公開の裁定を布告する。御用鑑定人ノエリア・グランツの立証をもって、会頭ドラートの罪を王都の目の前で明らかにする」
ノエリアは深く頭を下げた。顔を上げたとき、その眼には、確かな火が灯っていた。
(会頭さん。あなたは、母を呑んだ雨のいちばん手前の岸ですわ。まずは、あなたから。——一枚ずつ、剝がして差し上げますの)
「ペルラ」
彼女は隠れ家へ戻り、妹の手をそっと取った。
「裁定の場であなたの声が要りますの。……怖いでしょう。世間はあなたをかつて姉を陥れた女だと、後ろ指を差しますわ。それでも」
「行く」
ペルラは姉の手を握り返した。震えていた。けれど、その目は逃げなかった。
「借り物の光じゃなくて。……あたしの本当の声で。それがあたしの償いだから」
「こんなに大事に守られたの、生まれて初めて」。……あの子は光っていた頃、あれだけの人に囲まれておりましたのにね。囲まれることと守られることは、まるで別物ですのよ。
公開の裁きを渋る方には、こう申し上げるに限りますわ。「隠せば、なぜ隠すのかと民が問いますわよ」と。……ええ、我ながら意地の悪い理屈でございます。
次回、裁定の卓に証拠を積みますわ。四つ目の支柱は、皆さまの【ブックマーク】と【☆評価】ということにいたしましょうか。




