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「石ころ令嬢」と捨てられた私、宵闇公爵の工房で王国唯一の鑑定眼として溺愛されています 〜妹の"光る鑑定"は偽物ですわよ〜  作者: 西園寺ミオ


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第55話:宵闇に、ふたつの想い

 翌朝、ノエリアは、王宮の記録院で二十年前の役職名簿を、検めた。


 宮廷宝物管理官の欄。大修復の年、その職にあった者の、名。


 指がその一行で止まった。


 ——モルガナ卿。


 その名を見た瞬間、ノエリアの背筋を冷たいものが、走った。知らない名では、なかった。ついこの間、王室宝物庫の整理で彼女に慇懃に接した、枯れた老人。宝物庫の最奥を案内した、宮廷宝物管理官。「御用鑑定人どの」と、丁寧に呼んだあの手。


 あのとき、ノエリアが、大宝冠の七石すべてを偽物と視抜き、けれど証もなく胸に留めたとき——すぐ傍で、静かに微笑んでいた老人。


「……あの方が」


 声が掠れた。


「会頭さんの背後にいたのは、モルガナ卿。二十年前の大修復を差配し、七つの主石をすり替え、それを『本物』と帳面に記した、宝物管理官。そして——母を雨に沈めた、差配者」


 盗人は、蔵の鍵を握っていただけではなかった。盗人は宝物庫の案内役の顔をして、ノエリアのすぐ隣に立っていたのだ。


   *


 工房に戻り、ノエリアは、皆にその名を告げた。


 ベンノが煙管を握りしめた。


「モルガナ……! あの、大修復の差配をした管理官か。俺が下請けを断ったとき、書状を寄越した名だ。二十年、宮廷の高みでぬくぬくと。あの野郎が」


「会頭さんはあの方の道具でしたのね」


 ノエリアは、名簿の写しを卓に置いて言った。


「偽物を造り、真作を隠し、証拠を飼い殺しにする。汚れ仕事はすべて、会頭さんに。モルガナ卿は宮廷の権威の陰で手を汚さずにいた。……だから、会頭さんが目立ちすぎた途端、尻尾を切りましたの」


 だが、と、ノエリアの眼が鋭くなった。


「尻尾を切ったのは、失策ですわ。切られた会頭さんは、もうモルガナ卿を庇う義理が、ございませんもの。妹の証言と会頭さんの供述が揃えば——尻尾から、胴へ。会頭さんの没落は、そのままモルガナ卿への道になりますのよ」


 会頭の決着はまだ半ば。けれど、その半ばの先に二十年前の本当の敵の顔がようやく像を結んでいた。


   *


 その夜。


 嵐のような日々が、ひと区切りついて。ノエリアは工房の露台にひとり、出た。


 宵闇に星が瞬いていた。品評会の夜、想いに気づいてしまった、あの露台と同じ星が。あのときは独りでこの胸の内に封蝋を落とした。「あの方の心が、あの方のものに戻るまで」と。


「——ここにいたのか」


 背後の声に今度は扇を落としかけなかった。振り返らずとも、分かる。その足音の温度が。


 ルキウスが隣に並んだ。外套を彼女の肩にかける——のではなく、今夜は、ただ、隣に立った。感情の戻った瞳で同じ星を見上げて。


「……封蝋の話をしていいか」


 彼が、そう切り出した。


 ノエリアの心臓が跳ねた。


「あのとき、お前は言った。『この想いは当分、封蝋ですわ』と。——露台で、ひとりで。わたしはあの夜、まだ心が遠かった。だが、聞いていた。石がすべて、話してくれたようにな」


「……聞いて、おいででしたの」


「ああ」


 彼は、戻ったばかりの体温の宿る手を、そっと彼女の手に重ねた。


「わたしの心はまだ完全には戻っていない。契約の環はまだいくつも残っている。……だが、ひとつだけ確かなことがある。この、戻ってきたばかりの心が、いちばん最初にはっきりと感じたもの。眩しい朝の光より庭の緑より鮮やかに感じたもの。——それが何か、もう分かる」


 彼は言葉を切った。「愛」とは、言わなかった。まだその言葉には早すぎた。二人には、越えるべき暗闇が、残っていた。けれど。


「……お前だノエリア」


 ノエリアの胸の内で。


 長いこと落とし続けてきた封蝋が——ことり、と、ひとつ、剝がれた。


   *


「わたくしの封蝋も」


 彼女は星を見上げたまま言った。堪えていたものをほんの少しだけ、解いて。


「品評会の夜から、ずっと軋んでおりましたの。あなたのお心が呪いのものか、あなたのものか、分からぬうちは開けまいと。……ですけれど、今夜、あなたはあなたのお心でそれをおっしゃいましたわね」


 彼女は彼のほうへ顔を向けた。宵闇の中でその眼が、星よりも深く光っていた。


「ですから、わたくしも申し上げますわ。——同じ、星を視ておりますのよ。あなたと」


 それは告白の完成ではなかった。「愛している」の一言も、生涯を誓う言葉も、まだ宵闇のその先に取ってある。呪いが、完全に解けて。母の真実が、晴れて。二人が本当に独りではなくなる、その日に。


 けれど、ふたつの想いは確かにこの宵闇の露台で互いを認め合った。重ねた手の温度が、それを証していた。


「……ゆっくりでよろしくてよ」


 ノエリアは、微笑んだ。かつて、彼が、彼女に言った言葉をそっくり、返して。


「呪いを端から端まで解いて。母の無念を晴らして。——その先で続きを伺いますわ。封蝋のいちばん奥の言葉は、そのときに」


 宵闇に星が瞬いていた。ふたつの想いを静かに見下ろしながら。


 黒曜の心臓が、遠い祭壇で本物の光をまばたきさせていた。まるで二人のいちばん近い証人のように。


 【第5章・黒曜の心臓 完】

第5章「黒曜の心臓」、これにて締めでございますわ。長い章にお付き合いくださいまして、ありがとう存じます。

いちばん近くで微笑んでいらした方が、いちばん遠い敵だった。……これは鑑定にもよく似た話ですのよ。派手に光っているものより、当たり前の顔で棚に置かれているもののほうが、よほど危のうございますわ。

それから、露台のこと。「愛」の一言は、まだ取ってございますの。急いで割った原石は、中の光を殺してしまいますもの。……自分で申しておいて、難儀な理屈ですこと。

次回より第6章「会頭の没落」。【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆評価】を。

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