第53話:尻尾を切られる、蜥蜴
ペルラを安全な隠れ家へ匿った、その翌日。思いがけない報せが、王宮筋から、もたらされた。あれほど会頭ドラートを庇っていた「背後の力」が、突如、手のひらを返したのだ。
「ガレオン商会の会頭、ドラートに庶民相手の詐欺と公爵暗殺未遂の嫌疑で、召喚状が出た」
ルキウスが、報せを読み上げて、目を細めた。
「昨日まで握り潰されていた嫌疑が、今日は正式な召喚に。……背後の力があの男を切り捨てたな」
「蜥蜴の尻尾切りですわね」
ノエリアは、報せを横から覗き込んで言った。
「会頭さんは公爵様に手をかけて、目立ちすぎましたの。庶民を騙すだけなら、まだ隠れ蓑になれた。けれど、公爵の暗殺未遂となれば、王都じゅうの目が、あの方に集まりますわ。——背後の力は火の粉が自分に飛んでくる前に、燃えている尻尾を切り離しましたのよ」
*
会頭ドラートは、追い詰められた。商会は潰れ、金庫は暴かれ、そして今、二十年の間、自分を守ってくれた背後の力にまで、見捨てられた。にこにこと笑っていた蜘蛛は、いまや、自分の張った糸に自分で絡め取られようとしていた。
「けれど、公爵様」
ノエリアの眼に油断は、なかった。
「追い詰められた蜥蜴ほど、危のうございますわ。尻尾を切られた会頭さんは、こう考えますわね。——『自分だけが罪をかぶるのは割に合わない』と。背後の力を道連れにしようとするか。あるいは、ペルラの口をなりふり構わず、塞ぎに来るか」
「妹御の守りは固めてある」
「ええ。ですから、こちらも急ぎますわ。会頭さんが道連れの証拠を握り潰す前に。——押収した、すり替えの帳簿。あの上納の宛名を読み解きますの」
*
工房の奥の一室にふたたび、四人が集まった。
卓の上には、金庫から押収した、二十年分のすり替えの帳簿。ノエリア、ルキウス、ベンノ、エルネスト。それぞれの武器を持ち寄って。
「几帳面な字ですわ」
ノエリアは、帳簿を繰りながら、言った。
「どの石をいつ、どの合成石とすり替え、いくらでどこへ流したか。すべて、律儀に記録されておりますの。罪を隠すために作った帳簿が、いちばん正直に罪を並べておりますわ」
「二十年前の大修復の割り振りだ」
ベンノが、皺だらけの指で一頁を辿った。
「俺が下請けを断った、あの仕事。——見な、お嬢。ここに修復に関わった工房の名が、ずらりと。だが、本物と偽物の入れ替えを、実際に差配したのは、この一行の上に立つ者だ。宮廷の宝物を預かる筋の」
「計測でも、裏づけられる」
エルネストが、帳簿の数字を指した。
「すり替えられた合成石の、記録された屈折率と比重。私が押収品を計測した数値と、完全に一致する。この帳簿は捏造ではない。二十年前の本物の記録だ。——つまり、ここに書かれた上納の宛名も、本物だ」
*
三つの証が、帳簿のいちばん奥の一行へと、収斂していった。
月ごとの決まった額の「上納」。その宛名の崩れた印。宮廷の宝物を扱う筋の格式の印。会頭が二十年、証拠を飼い殺しにして、守り続けてきた——本当の主の、印。
ノエリアはその印に白手袋の指をそっと這わせた。印を捺した蝋の古い来歴が指先に滲む。
「……この印を捺した者の気配が、視えますわ」
彼女は目を閉じた。
「枯れた、慇懃な老いた手。宮廷の廊下の冷たい石の匂い。そして——二十年前の、雨の、匂いが」
母を呑んだ雨と同じ匂いが。
ノエリアの指先が、わずかに震えた。けれど、彼女は堪えた。あと少し。この印の名を読み解くまで。
「明日には宛名が読めますわ」
彼女は、目を開けた。眼の奥に、二十年分の暗闇を見据える光。
「会頭さんの背後にいた、本当の主の名が。——そして、その名はきっと母のノートの二十年前の頁に、すでに、書かれておりますのよ」
悪事を働く方ほど、帳面をきちんとおつけになりますのよ。誰にいくら渡したか忘れては、あとで脅されたときに困りますもの。……そうして、いちばん几帳面な一冊が、いちばん雄弁な証人になりますの。
切り捨てられる側は、たいてい最後まで自分が本体だと思っておりますわ。尻尾は、切られるまで自分が尻尾だとは知りませんもの。
次回、宛名を読みます。ご一緒に読んでくださる方は、【ブックマーク】と【☆評価】を。




