第52話:光る看板の、最後の勇気
妹との再会の場所は、下町の外れの古い教会の裏だった。
ペルラが、白い花の香りを頼りに指定してきた、人目のない場所。ノエリアは、護衛を離れた木陰に控えさせ、ひとりでそこへ向かった。フードを目深にかぶった、小柄な影が、震えながら、待っていた。
「……姉さま。来て、くれたのね」
「ええ。当たり前ですわ」
ノエリアは草を踏んで歩み寄った。今度はペルラは逃げなかった。フードの陰の痩せた顔。かつて、社交界で光り輝いていた妹の面影は、もうそこにはなかった。けれど、その目にはあの頃には決してなかった、別の光が宿っていた。
*
「あなたの手紙が金庫を暴きましたわ、ペルラ」
ノエリアは、告げた。
「三つ目の真作を取り返しましたの。庶民の偽石も、止まりました。……あなたのあの震える字の手紙が、王都の嘘を大きくひとつ、剝がしましたのよ」
ペルラの目が、揺れた。
「……あたし、なんか。姉さまをあんなに笑って。石ころって、みんなの前で。手柄も横取りして。そんなあたしの手紙が、役に立ったの?」
「立ちましたわ。何より」
ノエリアは、頷いた。それから、母のノートの帙から、あの白い花を挟んだ髪飾りを、そっと取り出して見せた。
「これ。あなたの封の花ですの。朽ちないように細工にしていただきましたわ。……あなたの勇気をわたくし、大切に持っておりますのよ」
ペルラの唇が、震えた。けれど、彼女は泣かなかった。姉妹はこんなところだけ、似ていた。堪える強さだけは。
*
「ペルラ。……お願いが、ございますの」
ノエリアは妹の目をまっすぐに見て、切り出した。
「会頭さんは、公爵様の心臓を狙って、殺人未遂を犯しましたわ。共鳴の札の銘から、あの方の手だと証は立ちますの。……けれど、それだけでは背後の力がまた揉み消すかもしれませんわ。確かな証言が要りますの。あの方の手口を内側から知る、証言が」
ペルラの顔から、血の気が引いた。
「……あたしに証言しろって、言うの? 会頭に逆らって? そんなの……あたし、殺される。あの人は、なりふり構わない。それに、あたしが証言なんかしたら、みんな思い出すわ。あたしがどれだけ、姉さまを——」
「思い出させれば、よろしいのですわ」
ノエリアは、揺るがずに言った。
「あなたが、かつて何をしたか。それを隠したまま逃げ続けるのと、白日の下で償いとして真実を語るのと。——どちらがあなたの本当の勇気か」
ペルラは、うつむいた。長い、長い、沈黙。
「……あたし、ずっと光ってなきゃ、価値がないと思ってた」
やがて彼女は掠れた声で呟いた。
「魔具の光がなきゃ、何も視えない空っぽの看板。それでも、光ってれば、みんながちやほやしてくれた。……でも、その光は借り物だった。会頭の鎖だった。あたしは借り物の光にしがみついて、姉さまを踏み台にして。……ずっとこわかった。光が消える日が」
彼女は、顔を上げた。フードの陰でその目に決意の光が。魔具のまばたきしない偽りの光ではない。角度で翳る、本物の——覚悟の光が。
「証言、する。……あたしの本当の言葉で。借り物じゃないあたしの声で。それがあたしにできる、たった一つの償いだから」
*
「……ありがとう、ペルラ」
ノエリアは妹の、痩せた肩にそっと手を置いた。
「あなたを必ず守りますわ。証言の日まで夜天商会が安全な場所に匿います。会頭さんの手も、背後の力も、届かないところへ。——今度は姉が妹を守る番ですのよ」
姉妹はしばらくそうしていた。断罪の夜会で引き裂かれた、姉と妹が。ひとつの白い花の勇気を間に挟んで。和解、という言葉にはまだ早かった。けれど、その一歩は確かに踏み出されていた。
その時。
教会の鐘楼の陰でちらりと動く影があった。ノエリアの護衛が、鋭く、反応する。誰かが二人の再会を見ていた。会頭の目か。それとも——背後の、力の、目か。
「ペルラ。急ぎますわ」
ノエリアは、妹の手を取った。
「見られたかもしれませんの。——匿う場所へ今すぐ」
白い花の香りが夜風に、かすかに、揺れた。
姉妹というのは、妙なところばかり似るものですのね。あの子もわたくしも、泣きませんでしたわ。……堪えることだけは、あの家でよく躾けられましたもの。
借り物の光を返すというのは、こわいことですのよ。返してしまえば、あとに何も残らないかもしれませんもの。それでも返すと決めた方を、勇気があると申しますの。
次回、蜥蜴の尻尾の行方を。【ブックマーク】と【☆評価】で、見届けてくださいまし。




