第45話:会頭の商会に、暖簾はもうない
王都の宝飾組合が、正式にガレオン商会の除名を告げた。
王家ゆかりの真作を不正に保有し、庶民に染め硝子を売り、職人を借金で縛った商会。その罪状が公の場で読み上げられ、金泥の看板がついに降ろされた。かつて「価値とは、客が信じた値段のこと」と嘯いた男の商会に、もう暖簾はない。
三つ目の真作『昼の青玉』は、王宮の宝物監理へ移され、大宝冠の真作台帳の、第三席の欄に、二十年ぶりに、名を書き戻された。
「……一つ目はいまだ知れず。二つ目はうちの工房に。三つ目は王宮の台帳に」
ノエリアは母のノートの帙をそっと撫でた。
「七つのうち、三つの在処が明らかになりましたわ、お母様。あなたが視抜いた真実の、三つ分。少しずつ続きを書き足しておりますの」
*
下町の広場に人が集まっていた。
かつて「石ころ令嬢」と囁き、御用鑑定人になっても半信半疑だった庶民たちが、今は心から、彼女に頭を下げていた。偽物の市を畳ませ、本物の灯りを取り戻した、鑑定人へ。
「御用鑑定人さまが、いなかったら、俺たちは一生、硝子を本物だと思って暮らしてた」
「あんたの眼は本物だ。ガレオンの光る看板とは、大違いだ」
光る偽物の商会が沈み、黙って視る本物の鑑定人が、街の信頼を得た。かつて夜会で光る妹に熱狂し、黙る姉を嘲笑った、あの構図が——庶民の街で、静かに裏返っていた。
「痛快だろう、お嬢」
ベンノが煙管をふかしながら、にやりとした。
「光らせりゃ売れる、って商売がとうとう地に落ちた。『視るのが鑑定士の仕事』——俺の言った通りになったぜ」
「ええ。……ええ、ベンノ。痛快、ですわ」
ノエリアは微笑んだ。けれど、その微笑みの奥に彼女は消えぬ緊張を抱えていた。
妹の警告が、耳から離れない。「次は、公爵さまの心臓を狙う」。
*
その頃。
王宮の外れ、庇護を求めて転がり込んだ薄暗い客間で、会頭ドラートは太い指を組んで座っていた。にこにこと。けれど、その目はかつてなく、暗かった。
商会は潰れた。金庫は暴かれた。二十年、後生大事に囲ってきた本物たちを、あの娘に根こそぎ奪われた。背後の力は、まだ彼を庇っている。だが——それがいつまで続くかは、分からない。
「……鑑定人どの」
彼は低く、独りごちた。
「あなたの母上をわたしは雨の夜に片づけた。あなたも車軸で片づけそこねた。眼を潰すのはもう間に合わん。ならば」
彼は傍らの木箱から、古い、手鏡のかたちの飾りを取り出した。共鳴の魔具。かつて、妹の掌で偽りの光を放ち、公衆の面前で自壊した、あの技術の古い母型。
「——あなたが、いちばん大事にしているものを、砕くまでだ。宵闇の宝石公の心臓を。あれは外から煽れば、暴走する。二十年前、わたしはその調べを覚えている」
にこにこと。会頭は笑った。追い詰められた蜘蛛の、いちばん危うい笑みだった。
*
その夜、夜天商会の工房で。
ノエリアはふと目を覚ました。
黒曜の心臓を納めた、公爵家の最奥。その方角から、かすかな——本当にかすかな音が聞こえた気がした。石の、軋む音。近ごろ、根治調査であれほど鎮まっていたはずの、あの飢えた石が。
彼女は寝間着のまま、廊下へ出た。
「……嫌な、予感が」
窓の外、月は細っていた。じきに新月。光の、いちばん薄れる夜。
石への挨拶を教えてくれた母は、こうも言っていた。石は月の満ち欠けに響くことがある、と。とりわけ、飢えた石は。
ノエリアは白手袋を握りしめた。
妹の警告と、石の軋みと、細る月と。三つの糸がひとつの不吉な結び目へと手繰り寄せられていく。
「ルキウス様の心臓に。——何か、来ますわ」
石は、月の満ち欠けに響くことがございますの。とりわけ、飢えた石は。……お母様がそう教えてくださったときは、ただの言い伝えだと思って聞き流しておりましたわ。
追い詰められた方が最後に狙うのは、財でも、名でもございませんのね。相手のいちばん大事なもの。……ええ、わかりやすくて助かりますこと。
次回より、本作いちばんの恋愛山場。手に汗をご用意くださいまし。その前に【ブックマーク】と【☆評価】を——手が塞がってしまいますもの。




