第41話:王命を、この手に
王宮の宝物監理の間。
ノエリアは、御用鑑定人の紺の外套を纏い、四つの物証を卓の上に並べた。葬儀組合の帳面。質屋の封蝋の押し型。会頭の茶器から書き取った来歴。そして、妹の手紙。
「散逸した七耀の大宝冠の真作が、私人の金庫に囲われておりますわ。これは王家の宝の不正な流出。臨検の王命を賜りとう存じますの」
居並ぶ宝物監理の役人たちは、しかし、渋い顔だった。
「御用鑑定人どの。……眼で視た、と申されてもな。臨検となれば、ガレオン商会の私有地に踏み込むのですぞ。証拠が、眼だけでは」
誰かが、この上申を握り潰そうとしている。ノエリアには、それが分かった。役人たちの背後にもっと高い席からの、無言の圧が働いている。金庫の本当の主の。
*
「眼だけ、ではございませんわ」
ノエリアが一歩退くと、入れ替わりに糊のきいた礼服の男が進み出た。エルネスト・ロッシュ。王立鑑定院の計測の函を抱えて。
「王立鑑定院として、御用鑑定人の鑑定を計測で裏づける。質屋の押し型から起こした石の寸法、四十八面のカット角、爪跡の間隔——いずれも、二十年前の王室修復様式の記録と、一分の狂いもなく合致する。数字は、誰が計っても同じだ。眼が信用できぬなら、数字を信用されよ」
冷たい光らない数字が、卓に積まれていく。役人たちが、口をつぐんだ。
そして、最後に。
監理の間の扉が開き、ルキウスが入ってきた。宵闇色の礼装。夜天商会当主にして、公爵。彼が姿を見せただけで、部屋の空気の重さが、変わった。
「夜天商会が、この上申の後ろ盾となる」
彼は短く、それだけ言った。
「大陸最大の宝飾商会が、王家の宝の流出を問うている。握り潰せば——なぜ握り潰したのか、こちらが問うことになる。臨検を渋る理由が、そちらにおありか?」
役人たちの背後の無言の圧が、たじろいだのが、分かった。眼と、数字と、爵位。三つの証を一度に突きつけられて、宮廷の壁はついにひび割れた。
*
臨検の王命は、その日のうちに下りた。
羊皮紙に王印。東の倉庫街のガレオン工房への、立ち入り検分と王家ゆかりの宝物の押収を許す、一枚。ノエリアは、それを両手で押し頂いた。
「……母のノートの続きをようやく一行、書き足せますわ」
彼女は、そっと呟いた。二十年前、母がひとりで視抜き、ひとりで抱えて、突き落とされた真実。その一部がいま王命という形で娘の手の中にある。
監理の間を出ると廊下の窓に夕陽が落ちていた。
「公爵様。エルネスト様。……ありがとう存じますわ」
「礼はいらん」
ルキウスが、素っ気なく言った。けれど、その声には、以前にはなかった、かすかな温度があった。
「対価は金庫の中身でもらう」
「私は、記録のためだ」
エルネストが、いつもの通り、そっぽを向いた。
「眼の鑑定に計測が付き従ったのではない。計測の正しさを眼が証明した。……そういう、記録だ」
ノエリアは、扇の陰で小さく笑った。この二人が並んで後ろ盾になってくれる日が来るとは、勘当されたあの雨の夜には、思いもしなかった。
*
工房に戻るとベンノとミルカが、待ちかねていた。
「どうだった、お嬢」
ノエリアは、答える代わりに王命の羊皮紙をそっと掲げた。
ベンノが、煙管を取り落とした。ミルカが、飛び上がった。
「臨検は、今宵ですわ」
彼女は、白手袋をぱちりと嵌めた。灯りの下、その音がいつもより鋭く響いた。
「守勢は、仕舞い。会頭さんの金庫を王命をもって、こじ開けますわ。——三つ目の刻の色を迎えに参りましょう」
窓の外、東の空に倉庫街の灯りが遠く、瞬いていた。
今宵、あの闇の奥の金庫が、二十年ぶりに光の下に晒される。
お役所というのは、断る理由を探すのがお仕事ですのよ。ですから眼だけでは足りませんの。数字を添え、爵位を添え、断る理由を一つずつ潰してさしあげる。……壁は殴っても痛いだけですの。ひびの入る場所を探すものですわ。
「対価は金庫の中身でもらう」ですって。まだ開けてもいないうちから、もう値をつけていらっしゃる。根っからの商人ですこと。
次回、東の倉庫街へ踏み込みますわ。立ち会い人は、多いほうがよろしくてよ。【ブックマーク】と【☆評価】を。




