第39話:会頭の茶会、砂糖菓子と脅し文句
ガレオン商会の本館は、成金趣味のけばけばしい館だった。
金泥の柱、天鵞絨の壁掛け。どれも高価でどれも品がない。まばたきをしない均一な豪奢。ノエリアは案内されながら、内心で値踏みしていた。(この館そのものが、まるであの偽物の光ですわ)
会頭ドラートは、大きな肘掛け椅子にでっぷりと座っていた。にこにこと愛想のよい笑み。けれど、その奥の目は、少しも笑っていない。蜘蛛が、糸にかかった蝶を眺めるような目。
「ようこそ、御用鑑定人さま。まあ、おかけなさい。良い茶葉が、手に入りましてなあ」
護衛を戸口に残し、ノエリアは、勧められた椅子に腰かけた。差し出された茶器は、なるほど、上等な品だった。彼女は、その白磁の碗にそっと指を触れた。挨拶の癖で。
*
「単刀直入に申しましょう」
ドラートは、砂糖菓子を摘まみながら、慇懃に切り出した。
「あなたの下町の鑑定。あれはいけませんなあ。庶民にいらぬ知恵をつける。銅貨五枚で夢を壊して回る。——あの者たちは、安い偽物で束の間の幸せを買っていたのですよ。それをあなたはわざわざ『硝子だ』と暴いて、みじめにさせている。親切のつもりで残酷なことだ」
「幸せは偽物では買えませんわ、会頭さん」
ノエリアは、砂糖菓子に手をつけずに返した。
「束の間の光は、荼毘の火で溶けますの。弔いの石が硝子だったと、遺族が後から知る——そのほうが、よほど残酷ではございませんこと?」
ドラートの笑みが、一瞬、止まった。それから、またにこにこと戻る。
「頑固な方だ。お母上にそっくりですなあ」
母、の一語を彼は餌のようにそっと置いた。
「エリスさんも、そうでした。頑固で賢くて、余計なことに気づいてしまう眼をお持ちだった。——二十年前、わたしはあの方にもこうして茶を勧めたのですよ。『気づかないふりをすれば、お互い幸せになれる』と。あの方はあなたと同じ顔でお断りになった。……そして、あの雨の夜に」
彼はそこで言葉を切った。にこにこと。
脅しだった。あからさまな。「お前の母は、断って死んだ。お前も、同じ道を辿るか」という。
*
ノエリアは、白磁の碗を静かに卓に戻した。
指先には、まだ碗から視た、来歴の気配が残っていた。この茶器は、古い。会頭が誂えたものではない。もっと格式のある、宮廷に連なる筋から、流れてきたもの。——その気配が、会頭の背後の「影」の輪郭を、ほんの少し濃くした。
「会頭さん」
彼女は、顔を上げた。声は、凪いでいた。
「一つ、お尋ねしてよろしくて? あなたは偽物を売って、財を成した方。それは存じておりますわ。——ではなぜ、本物を隠しておいでですの?」
ドラートの砂糖菓子を摘まむ手が、止まった。
「……はて。何のことやら」
「鍵のかかった、奥のお部屋。古い、立派な石を何点も。燃やしもせず、売りもせず、後生大事に。……つい先日は、三つ目の刻の色を川沿いの質屋から、慌てて買い戻しておいででしたわね。金貨三十枚で。青い、深い、角度で翳る石を」
館の空気が、凍った。
ドラートのにこにこ顔が——初めて、剝がれた。目の奥の蜘蛛が、糸の揺れに気づいた。慇懃な仮面の下から、地の声が、低く這い出てくる。
「……どこでそれを」
「石は、嘘をつきませんの」
ノエリアは、微笑んだ。妹の名は決して、出さなかった。
「あなたが必死に隠すものほど、よく光りますのよ、会頭さん。金庫の扉は閉ざせても、扉の内から漏れる真作の来歴までは、閉ざせませんわ。——あなたは誰かのために証拠を飼っておいでですわね。売れば足がつく、燃やすには惜しい二十年前の動かぬ証拠を」
*
ドラートは、しばらく無言だった。それから、深く椅子に背を沈めて、ふたたび、にこにこと笑った。今度の笑みは、先ほどよりずっと冷たかった。
「……面白い。実に面白い眼だ。母親より質が悪い」
彼は、太い指を組んだ。
「一度だけ、忠告しましょう。あの金庫には、近づかんことです。あれは、わたしの持ち物ではない。わたしは預かっているだけ。——預け主はあなたが思うよりずっと高いところにおられる。庶民の硝子を暴くのは、勝手になさい。だが、金庫に手をかけた瞬間、あなたは王宮そのものを敵に回すことになりますぞ」
「あら。それは脅しではなく、白状ですわね」
ノエリアは、扇をぱちりと開いた。
「『預かっているだけ』。『高いところの預け主』。——ずいぶんと、正直なお茶会でしたこと。石も、人も、追い詰められると少しだけ本当のことをこぼしますのよ」
ドラートの目が、細くなった。けれど、彼はもう、笑わなかった。
*
館を辞して、馬車に戻るとルキウスが待っていた。ノエリアの顔を見て、短く問う。
「収穫は」
「大ありですわ、公爵様」
彼女は、母のノートの帙をそっと開いた。挟んだ便箋の隣に館で覚えた「気配」を、書き留めていく。
「金庫は、会頭さんの持ち物ではございませんの。あの方は預かっているだけ。預け主は——宮廷の、高いところ。茶器の来歴が、それを裏づけましたわ。あの碗は宮廷宝物の格式で誂えられたものでしたの」
彼女は、顔を上げた。眼の奥に硬い光。
「三つ目の真作は、東の倉庫街の金庫に。そして、その金庫の鍵を握るのは、会頭さんのさらに背後の誰か。——輪郭が、視えてまいりましたわ。あと一歩で金庫の在処も、預け主の顔も」
「危ない橋だ」
「ええ。ですから、渡りますの。母が渡りかけて、突き落とされた橋ですもの」
茶の道具にも、来歴は写りますのよ。誂えた方の格式、通ってきた家の数。……成金趣味の館にひとつだけ品のよい碗が紛れていたら、それは買ったものではなく、預かったものですわ。
脅し文句というのは、不思議なものですわね。黙っていれば誰にも分からなかったことを、脅すために自分から並べてしまう。追い詰められた方ほど、口が軽くなりますの。
次回、第4章の締め。反攻の狼煙を上げますわ。煙を見届けてくださる方は、【ブックマーク】と【☆評価】を。




