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「石ころ令嬢」と捨てられた私、宵闇公爵の工房で王国唯一の鑑定眼として溺愛されています 〜妹の"光る鑑定"は偽物ですわよ〜  作者: 西園寺ミオ


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第38話:光らない証人、計測という名の

 下町のいちばん広い辻に、櫓が組まれた。


 公開廉価鑑定会。触れ書きには、こうあった。『どなたの石でも、銅貨五枚にて、衆目の前で真贋を鑑定つかまつる。眼と計測、二つの証にて。御用鑑定人ノエリア・グランツ、王立鑑定院主任エルネスト・ロッシュ』


 逆宣伝の刷り物を握った者たちも、大勢、集まっていた。腕を組み、疑いの目で。「偽善者の化けの皮を剝がしてやる」という顔で。


 櫓の上、ノエリアは白手袋を嵌め、隣でエルネストが計測の函を開いた。


「はじめに申し上げますわ」


 ノエリアの声が、広場に澄んで通った。


「わたくしの眼は、再現できませんの。わたくしにしか、視えませんもの。ですから——今日は、わたくしの眼を信じてくださいとは、申しません」


 どよめきが、走った。御用鑑定人が、自分の眼を「信じるな」と言う。


「かわりに、ここに、エルネスト・ロッシュ様がおいでですわ。この方の計測は、誰の目にも同じ数字を示しますの。重さ、硬さ、光の曲がりよう。——わたくしが眼で視たものを、この方の数字が裏づけます。眼と数字が食い違えば、わたくしの負けですわ。どうぞ、その目でお確かめくださいまし」


   *


 最初に石を差し出したのは、逆宣伝の刷り物をこれ見よがしに握った男だった。


「じゃあ、これを視てもらおうか。うちの女房の婚礼の指輪だ。ガレオンの市でちゃんと本物を買ったんだ。あんたが『偽物だ』って言うなら、そりゃ、あんたの言いがかりだろうよ」


 挑発だった。広場が、固唾を呑んだ。


 ノエリアは、その指輪を受け取り、いつものように石に挨拶をした。ルーペを覗く。そして——ほう、と息をついて微笑んだ。


「おめでとう存じますわ。これは本物ですの」


 男の顔が、ぽかんとした。


「小粒ですけれど、正直な紅玉ですわ。染めても、焼いてもございません。奥さまはよい石をお選びになりましたわね。——ガレオンの市にも、たまには、本物が紛れておりますのよ。だから、質が悪いのですわ。全部が偽物なら、誰も引っかかりませんもの」


 彼女は、エルネストに指輪を渡した。彼は、屈折計にかざし、数字を読み上げる。


「屈折率、一・七六。比重、三・九九。——天然の紅玉に合致する。御用鑑定人の眼と一致だ」


「偽善者は本物を『本物』と、申しますかしら?」


 ノエリアが男に指輪を返した。男は真っ赤な顔でそれを握りしめ、口をつぐんだ。


   *


 それからは、次々と石が差し出された。


 本物には「おめでとう存じます」を。硝子には「お代を取り戻して差し上げますわ」を。そのすべてをノエリアが眼で告げ、エルネストの数字が、寸分違わず裏づけていく。


 嘘の光は、まばたきをしない。本物の光は、角度で翳る。——けれど、その違いを見分けられない庶民のために、今日は、光らない証人がいた。屈折計の針。天秤の目盛り。決して光らないのに、嘘だけは、決して許さない冷たい数字たち。


「……妙な気分だ」


 鑑定の合間、エルネストが、ぼそりと呟いた。


「私はずっと、君の眼を『再現できないもの』と、否定してきた。今もその考えは変わらん。眼は検証できない。……だが」


 彼は、屈折計の針を見つめた。


「私の数字が君の眼と一件も食い違わないという事実は。——数字で検証できてしまった。癪なことに」


「あら。でしたら、わたくしの眼はあなたの数字のいちばんの理解者ですわね」


「……そういう、勝ち誇った言い方は、記録に残さん」


 彼は、そっぽを向いた。けれど、その口元がほんの少しゆるんでいた。


   *


 鑑定会が終わるころには、逆宣伝の刷り物は、地面に踏まれて、泥にまみれていた。


 庶民は、もう噂を信じていなかった。眼と数字、二つの証を自分の目で見たのだ。噂は真実の前で湿って、消えた。ガレオンの市の名を口にする者は、その日を境にめっきり減った。


 櫓を降りるノエリアのもとへ、一人の身なりのよい男が近づいてきた。


 商人ふうの慇懃な物腰。けれど、笑っているのは口元だけで、目は、少しも笑っていなかった。


「見事な鑑定会でしたなあ、御用鑑定人さま。会頭ドラートより言伝を預かってまいりました」


 男は、恭しく、一通の招待状を差し出した。上等な紙に金の縁取り。


「——一度茶でも、いかがですかな。積もる話もございましょう。お嬢さんのお母上の話も少々」


 母、の一語にノエリアの指が招待状の上で止まった。


 会頭がついに表に出てくる。慇懃な笑みの奥に本気の牙を隠して。


「……よろしくてよ」


 ノエリアは、招待状を受け取った。声は、凪いでいた。


「積もる話、こちらにもたっぷりございますの。——三つ目の刻の色のことも、含めて」

「わたくしの眼を信じてくださいまし」——鑑定人にそう迫られたら、お逃げになって。信じろと言い張るのは、たいてい確かめられては困る側ですの。隣に確かめられる証を置くほうが、ずっと強うございますわ。

それにしても、あの招待状。上等な紙に、金の縁取り。焦っていらっしゃる方ほど、紙にお金をおかけになりますのよ。

次回、砂糖菓子と脅し文句の茶会へ参ります。【ブックマーク】と【☆評価】を、扇の陰より。

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