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「石ころ令嬢」と捨てられた私、宵闇公爵の工房で王国唯一の鑑定眼として溺愛されています 〜妹の"光る鑑定"は偽物ですわよ〜  作者: 西園寺ミオ


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第36話:なぜ偽物商人が、本物を隠すのか

 工房の奥の一室に四人が集まった。ノエリア、ルキウス、ベンノ。そして、計測の函を抱えたエルネスト——「記録の突き合わせのためだ」と言い張って、居座った。


 卓の中央には、二つのものが置かれていた。妹の手紙と二つ目の散逸石『木陰の翠玉』の鑑定控え。


「問いはひとつですわ」


 ノエリアが、口火を切った。


「偽物を造って売る会頭さんが、なぜ、本物の宝石を燃やしもせず売りもせず、金庫に隠しておりますの? ——商人が本物を持つなら、売るためですわ。売らないなら、なぜ持つのか」


「単純な話じゃねえのか」


 ベンノが、煙管の灰を落とした。


「値上がりを待ってる。古い名石なら、寝かせりゃ寝かせるほど高くなる。——いや、待てよ。それなら、こそこそ隠す必要はねえ。堂々と蔵に飾りゃいい。『会頭家秘蔵の名品』ってな」


「そこですのよ、ベンノ」


 ノエリアが頷いた。


「隠すのは、人目に触れると困るからですわ。売っても困る、飾っても困る、けれど燃やすこともできない。——ではその石のいったい何がそんなに都合が悪いのか」


   *


「来歴だ」


 口を開いたのは意外にもエルネストだった。彼は屈折計を卓に置いて、生真面目に続けた。


「石そのものの価値ではない。その石が『どこから来たか』が問題なのだろう。私の計測でも、来歴までは測れん。だが——」


 彼は、ちらりとノエリアを見た。


「君の眼なら、測れる。会頭が隠しているのが、もし、来歴を辿られてはまずい石なら。たとえば——本来、別の場所にあるはずの石が、なぜか市場に流れ出た、というような」


 ノエリアの指が卓の上で止まった。


「別の場所にあるはずの石」


 彼女は、『木陰の翠玉』の鑑定控えを、そっと引き寄せた。二つ目の散逸石。かつて七耀の大宝冠の、第四席を飾っていた真作。今は合成石にすり替えられ、本体は宝物庫でまばたきをしない偽物の光を放っている。


 そして、その真作は——二十年前の「大修復」を境に、大陸へ散逸した。


「……繫がりましたわ」


 声が低くなった。


「会頭さんが隠している本物は、散逸した大宝冠の真作。……いいえ、真作でなくとも二十年前のあの企みに連なる石ですわ。それが世に在ることそれ自体が——」


「すり替えの動かぬ証拠になる」


 ルキウスが、後を継いだ。腕を組み、低く。


「偽物にすり替えたなら、本物は消さねばならん。だが、あれほどの名石を燃やすのは惜しい。売れば、来歴から足がつく。だから、金で買い戻して、金庫に囲う。——ドラートは証拠を飼い殺しにしているわけだ」


「ええ」


 ノエリアは頷いた。頷きながら、背筋を冷たいものが伝った。


「けれど、公爵様。ここでもう一つの問いが立ちますわ。——会頭さんはなぜ、そこまでしますの? 二十年前のすり替えは、あの方お一人の企みではございませんわ。証拠を消し続けるのは、割に合わない仕事。あの方は誰かのために証拠を囲っておりますのよ」


   *


 部屋が静まった。


 誰もその「誰か」の名を口にしなかった。名を出すには、証拠がなさすぎた。けれど、四人とも感じていた。会頭ドラートの背後に、もっと大きな宮廷の翳のようなものが、うっすらと立っていることを。


「……深追いはなさいますな」


 エルネストが珍しく、硬い声で言った。


「二十年前の宝物庫に手を突っ込むのは、王宮を敵に回すことだ。計測士の私が言うのもなんだが、それは鑑定の領分を超えている」


「超えませんわ」


 ノエリアは静かに、けれど、きっぱりと言った。


「わたくしは、王宮を裁こうとしているのではございませんの。ただ、偽物を偽物と申し上げるだけですわ。庶民の弔いの石も、宝物庫の大宝冠も、やることは同じ。——本物か、硝子か。それを視て、告げる。それだけが、鑑定人の領分ですの。背後に誰がいようと石の言うことは変わりませんもの」


 ルキウスがふ、と息を吐いた。呆れたような、けれど、隠しきれない敬意のこもった、その息を。


「……だから、あの家はお前の眼を捨てたのだな。値踏みできない眼は、扱いに困る」


「あら、褒めていただいたと受け取りますわ」


   *


 その翌日、下町の四つ辻の鑑定台に、一つの噂が舞い込んできた。列に並んだ質屋の主が、世間話のようにこう漏らしたのだ。


「そういえば、御用鑑定人さま。妙な石が、うちの同業のところに流れたそうで。ずいぶん古い立派な青い石だとか。会頭さんとこの使いが、血眼で買い戻しに走ってるって噂で。……なんでも、一点、取り逃した『本物』があるらしいんですわ」


 ノエリアの白手袋の手が止まった。金庫から、一点、こぼれ落ちた真作。会頭が必死に回収しようとしている、青い石。


(三つ目の刻の色ですわね)


 昼の青玉。七耀の大宝冠、第三席の真作。


「ベンノ」


 彼女は、静かに言った。


「その、古い青い石が流れた質屋。——会頭さんの使いより先に参りますわよ」

商人が本物を持つのは、売るためですわ。売らないのなら、なぜ持つのか。——謎解きというのは、たいてい「していないこと」のほうに答えが転がっておりますのよ。

エルネスト様ときたら。「記録の突き合わせのためだ」と言い張って、四人目の椅子にちゃっかりお座りでしたわ。ええ、もう、そういうことになさっておきましょう。

次回は宝探し。会頭さんの使いより先に、古い青い石の流れた先へ参りますわ。お供くださる方は、【ブックマーク】と【☆評価】を。


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