第35話:差出人のない手紙、光の裏側から
白い花を貼った封を切ると、便箋が三枚、こぼれ落ちた。
安い紙だった。ところどころ、水を吸ったように波打っている。涙か、雨か。字は震えていた。ペルラのあの華やかな令嬢の筆跡が、まるで別人のように細く、頼りなく。
『ノエリアお姉さまへ』
ノエリアは、母のノートの帙を脇に置いて、便箋を灯りに寄せた。
『こんな手紙を出す資格が、あたしにないことは、分かっています。姉さまの実績を横取りして、光る魔具でみんなを騙して、姉さまを「石ころ」って笑った、あたしが。
でも、姉さましか、いないんです。この王都で本物と偽物を本当に見分けられる人は。
商会を出て、行くところがなくて、あたしは、あの人のところに転がり込みました。ドラート会頭の東の倉庫街に。光る魔具の貸し主のところに。ほかに生きる術を知らなかったから』
便箋の一枚目が、そこで終わっていた。ノエリアは、二枚目をめくった。
*
『倉庫街であたしは見てしまったんです。
あそこは、偽物を造る工房です。染め硝子と合成石を型で何百も抜いて、王都じゅうにばら撒く工房。それは知っていました。あたし自身が、その偽物を「本物」って光らせて売る、看板だったんですから。
でも、奥に鍵のかかった部屋があって。あたし、掃除を言いつけられて、たまたま、中を見たんです。
姉さま。あの部屋には本物がありました。
偽物を造って売る人が、なぜか、本物の宝石を——それはそれは古い、立派な石を何点も燃やしもせず、売りもせず、金庫に、大切に、大切に、仕舞い込んでいたんです。
変でしょう? 偽物商人が、本物を隠すんです。売れば、いくらにでもなるのに。あたし、こわくなって』
ノエリアの指が便箋の縁を強く摘まんだ。
偽物で儲ける男が、本物を燃やさず、隠す。
——なぜ。
その問いが彼女の中で冷たい火のように灯った。
*
『あの人に見つかって、「見たな」って、言われました。
殺されるかと思った。でも、あの人は笑って、こう言ったんです。「お前は光る看板だ。看板が余計なものを見たなら、目を潰すより光らせ続けたほうが得だ」って。
あたし、まだ看板をやらされています。地方の市を回って、偽物を光らせて。逃げたら、実家の借金の証文を盾にされる。お父様もまだあの人に縛られているから。
姉さま。あたしは、ひどい妹でした。今もひどいです。あの人の側にいて、偽物を売って。
でも、これだけは伝えなきゃって、思ったんです。
金庫の中に本物があります。あの人が後生大事に隠してる、本物が。あれはきっと姉さまが探しているものです。姉さまの眼なら、あれが「何なのか」、視えるはずだから。
この手紙のことは、誰にも言わないで。あたしのことも、探さないで。……ただ、あの金庫のことだけ、覚えていて。
姉さまの石は、いつも、黙ったままでしたね。でも、いちばん正直でした。
妹より』
三枚目の最後の一行。
『——姉さまの石みたいにあたしもいつか、正直になれるでしょうか』
*
ノエリアはしばらく便箋を膝に置いたまま、動かなかった。
文字にも、書いた者の指先は写る。石ほど、はっきりとではない。けれど、この震える字の一画一画に、あの妹の怯えと、後悔と、それでも姉に一つだけ真実を渡したいと願った、細い、細い勇気が確かに染みていた。
「……ペルラ」
声に出すと胸の奥が少しだけ痛んだ。
戸口にいつのまにかルキウスが立っていた。手紙のことは、訊かなかった。ただ、彼女の顔を見て、静かに問うた。
「動くのか」
「ええ」
ノエリアは、便箋をそっと母のノートの帙に挟んだ。母の走り書きと妹の震える字が宵闇色の革の中で隣り合った。
「妹が命がけで教えてくれましたの。——偽物を売る男が本物を燃やさずに隠している、と。公爵様。これはただの資金繰りではございませんわ。会頭さんには本物を『売れない理由』があるのですわ」
「売れない理由」
「本物の石がこの世に在ることそれ自体が——都合の悪い、誰かがいる。売り払えば、足がつく。だから、燃やしもできず、売りもできず、金庫に囲うしかない」
彼女は顔を上げた。眼の奥に灯りよりも硬い光があった。
「その金庫の中身が何なのか、視てさしあげますわ。——そして、妹の手紙が無駄にならないように、いたしますの」
安い紙は、水を吸うと波打ちますの。涙か、雨か。……あの子にとっては、どちらでも同じことでしょうけれど。
石は指先を写しますけれど、文字も写しますのよ。跳ねの癖、筆圧、迷って一度止めた場所。名を書かずとも、三枚まるごとが署名のようなものですわ。
次回、その「隠す理由」をみなで詰めますの。金庫の底が、少しずつ視えて参りますわ。【ブックマーク】と【☆評価】、扇の陰より。




