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「石ころ令嬢」と捨てられた私、宵闇公爵の工房で王国唯一の鑑定眼として溺愛されています 〜妹の"光る鑑定"は偽物ですわよ〜  作者: 西園寺ミオ


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第33話:葬儀組合の帳面と、銅貨五枚の鑑定書

 王都葬儀組合の帳場は、線香の匂いが染みついていた。


 御用鑑定人の来訪に、組合の帳役は青ざめた顔で帳面を差し出した。仕入れの記録。喪石の欄には、ずらりと同じ卸元の名——「東の倉庫街・卸」。


「安く一式そろう、と評判でしたのね」


 ノエリアは、帳面をめくりながら言った。責める口調ではない。紙をめくる音のほうが、よほど大きかった。


「本物の弔いの黒瑪瑙は、一粒、銀貨八枚ほど。それがこちらの卸ですと一粒、銅貨三枚。……三十分の一の値。帳役さん、あなたはなぜ安いのか、お考えになりましたの?」


「それは……仕入れが、うまいのだと。会頭さんのご商売の才覚だと」


「才覚ではございませんわ。硝子だからですの」


 帳役の手が、震えた。


「あなた方も、騙されておいでですのね。安さに。——ですけれど、遺族はもっと騙されておりますのよ。銀貨十五枚のお代をあなた方の仕入れの五倍で、払っておいでですもの」


   *


 ノエリアは、告発しなかった。


 組合を訴えることも、卸元を役人に突き出すこともしなかった。かわりに彼女は工房に戻ると鑑定書の束をミルカと手分けして刷り増しはじめた。


「ノエリアさま、これ、ぜんぶ配るんですか? こんなに?」


「ええ。下町の四つ辻に机を出しますわ。触れ書きは——『弔いの石、婚礼の石、銅貨五枚にて真贋を鑑定つかまつる。御用鑑定人ノエリア・グランツ』」


「銅貨五枚……お安すぎませんか? だって、御用鑑定人さまの鑑定なのに」


「安くていいんですのよ、ミルカ」


 ノエリアは、刷り上がったばかりの一枚を、灯りに翳した。夜天商会の罫線に、御用鑑定人の名と封蝋。庶民が、三月分の給金を溝に捨てる前に、たった銅貨五枚で「本物か、硝子か」を知れる紙。


「告発は役人のお仕事。役人は遅くて、賄賂に弱いですわ。——けれど、庶民が一人ひとり、自分の石を『これは硝子だ』と知ってしまえば、偽物の市は、内側から乾いて枯れますの。誰も、硝子を銀貨で買わなくなりますもの」


 ベンノが、煙管をくわえたまま、にやりとした。


「告発じゃなく、目利きを配るってわけか。おっかねえ戦い方だぜ、お嬢。相手は罪に問われもしねえのに、客だけが、すうっと引いてく」


「ええ。——『価値とは、客が信じた値段のこと』ですって、会頭さんはおっしゃったそうですわね。でしたら、客が信じなくなれば、価値も消えますの。あの方のお言葉をそっくりお返しいたしますわ」


   *


 下町の四つ辻に、鑑定の机が並んだ。


 初日、列は疎らだった。二日目、寡婦の一件が口伝えに広がり、列が伸びた。三日目には、机の前に、下町じゅうの人が石を握って並んだ。


 婚礼の指輪。祝いの根付。弔いの喪石。母の形見。——庶民の一生のいちばん大切な銭で買われた石たちが、次々と白手袋の前に差し出される。


「本物ですわ。おめでとう存じます」

「……こちらは、染め硝子ですの。お代の返金請求を代行いたしますわ」

「これは本物。よい石をお選びになりましたわね」


 エルネストの計測台が、その隣に並んでいた。ノエリアが眼で真贋を告げ、エルネストが比重と屈折の数値でそれを裏づける。眼と計測。二つの証が重なるたび、庶民は「間違いない」と、深く頷いた。


「……ふん」


 エルネストが、屈折計から顔を上げて、ぼそりと言った。


「君の眼と私の数字は一件も食い違わない。癪なことだ。——記録として、そう書いておく」


「あら。それは光栄なお言葉として、受け取ってよろしくて?」


「記録だと言っている」


 彼は、そっぽを向いた。耳の先が、また赤かった。


   *


 銅貨五枚の鑑定が三日も続くと、ガレオンの市から、目に見えて客足が引きはじめた。


 ——そして、その夜。


 ルキウスが、一枚の刷り物を手に、ノエリアの鑑定室に入ってきた。安っぽい紙に下品な木版。王都じゅうの酒場と辻に、ばら撒かれているという。


『御用鑑定人にご用心。夜天商会の女は、庶民を脅して「偽物だ」と言い立て、商売敵を潰す偽善者なり。銅貨五枚は撒き餌、狙いは夜天の宝石を高く売ること』


「……逆宣伝ですわね」


 ノエリアは、刷り物を灯りに翳して、隅から隅まで読んだ。腹は立たなかった。むしろ、少し、笑ってしまった。


「会頭さんの懐にようやく手が届いたのですわ。ベンノの言うとおり。——懐に手が届いた相手は、嚙みつきますのね」


「潰すか」


 ルキウスの声は、低かった。刷り物の版元を割り出して、財力で叩き潰すのは、彼には造作もない。


「いいえ」


 ノエリアは、首を振った。


「泥仕合は、あの方の土俵ですわ。噂には噂で返しません。——真実で返しますの。公開の場で、庶民の目の前で、わたくしの鑑定が本物だと、証してみせますわ。噂を撒いた分だけ、あの方は、自分で自分の首を絞めることになりますのよ」


 彼女は、封蝋を鑑定書に落とした。とろり、ぽたり。


「戦はまだ二手目ですわ。会頭さん、お手並み拝見、と参りましょう」

役人に訴えたほうが早い、とお思いになりまして? お役人は遅うございますし、賄賂によく濡れますの。それよりも街じゅうの目を肥やしてしまうほうが、ずっと早うございますわ。買う方がいなくなれば、あとは放っておいても畳まれますもの。

それにしても、あの逆宣伝の刷り物。木版の彫りがずいぶん下品でしたけれど、あれだけの数を辻という辻に撒くには、それなりの銭が要りますのよ。——お財布の紐が緩んだ音が、いたしましたわ。

次回はひと休み、工房の日常回。ルーペの次に何が来るのか。……そして、差出人のない一通が届きますわ。【ブックマーク】と【☆評価】を、どうぞ。

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