第32話:弔いのオニキス、涙の代わりに硝子を
七つの黒い石が、鑑定台の白布の上に並んだ。
どれも、弔いの喪石——葬礼の折、遺族が故人の胸元に添える、黒瑪瑙の粒である。艶やかに磨かれ、蠟燭の下で、静かに黒く光っている。
「……美しく光っておりますわね」
ノエリアは、そう言った。褒め言葉ではなかった。
「弔いの黒瑪瑙は本来、艶を殺して磨きますの。故人を送る石が、けばけばしく光ってはいけませんもの。職人はわざと『艶を沈める』のですわ。——ところが、この七つは」
彼女は、一つを摘まみ上げ、蠟燭の火にゆっくりと近づけた。
石の表面の黒い光は、火の位置が動いても、少しも揺らがなかった。角度を変えても、翳らない。ただ均一に正面でいちばん強く光り続ける。
「嘘の光は、まばたきをいたしませんの。本物の石は、見る角度で翳るからこそ、奥がございますのに」
*
七つのうち、女将が「これが最初の一件」と示したのは、いちばん小ぶりな粒だった。
持ち込んだのは、下町の仕立て屋の寡婦。ひと月前に夫を亡くしたばかりだという。ノエリアの前で、彼女は皺だらけの手で、その石を握りしめていた。
「うちの人が生きてるうちに自分で選んだんです。『おれが死んだら、これを胸に入れてくれ』って。ガレオンの市で銀貨十五枚。年金の二月分でした」
「棺には、納められましたのね」
「はい。……でも、荼毘のあと骨と一緒に拾ったら」
寡婦は、震える指を開いた。黒い石の片側が、飴のように溶け崩れ、白く濁っていた。
「こんなになって。……あの人のいちばん最後の望みが。硝子、だったんですか。あたしは硝子を胸に……」
言葉が、続かなかった。
ノエリアは、白手袋の指でその溶け崩れた石をそっと受け取った。挨拶をした。いつもよりずっと長く。
視えたのは、映像ではない。石に染みた、気配と感情の断片。——市場の露店の前でこの石を選ぶ、痩せた男の手。値札を何度も見て、悩んでそれでも「妻に立派なものを」と握りしめた、あの日の確かな想い。
(想いは、本物ですのに)
石だけが、偽物だった。
*
「ご寡婦さま。二つ、申し上げますわ」
ノエリアは、鑑定台に向き直った。声は、静かに整えられていた。
「ひとつ。この石は、染めた硝子です。銀貨十五枚の値打ちは、ございません。——けれど、ご主人がこれを選ばれたときのお気持ちは、正真正銘の本物でしたわ。それはわたくしの眼がはっきりと視ましたの。硝子を摑まされたのは、あなた方ではございません。売った者が、盗んだのですわ。想いにつけ込んで」
寡婦の顔が、くしゃりと歪んだ。
「ふたつ。——本物の弔いの黒瑪瑙を、うちの工房から、お納めいたしますわ。銀貨十五枚は、いただきません。ご主人が最後に望んだ石を、今度こそ本物で。荼毘は済んでおりますから、お仏壇に」
「そんな御用鑑定人さまにそんなことを……」
「いいえ」
ノエリアは、扇をぱちりと閉じた。
「これは施しではございませんの。わたくしの商売敵への意趣返しですわ。——弔いの石で儲ける者に、『その手は、王都では通らない』と、思い知らせるための」
*
寡婦が帰ったあと、ベンノが七つの石を一つずつ拾い上げ、底を検分していた。
「お嬢。見な、これ」
彼が、ルーペごしに示したのは、石の底のごく小さな窪みだった。七つとも、まったく同じ位置に同じ形の小さな気泡の痕がある。
「型抜きの気泡だ。溶かした硝子を型に流して、冷ましてから染める。——ひとつの型から、何百と抜いてやがる。手磨きの一点物なら、こんなもんは絶対に揃わねえ。これは」
「工場の味ですわね」
ノエリアは、七つの石を見渡した。同じ窪み。同じ均一な光。同じ、まばたきをしない黒。
弔いの石が、型で抜かれ、何百と王都中の葬儀へ流れている。
「女将さん。この七つのお客様は、みなさま、別々の葬儀屋さんをお使いでしたの?」
「いいえ、それが……七軒中、五軒までが同じところで。『安く一式そろう』と評判の——王都葬儀組合、って看板の」
ノエリアの眼が、細くなった。
一軒の悪徳ではない。組合ぐるみ。組織で王都の弔いに硝子を流している。
「ベンノ。明日はその葬儀組合の帳面を、拝見しに参りますわ」
彼女は、封蝋を鑑定書に落とした。とろり、ぽたり。いつもの音が、今夜は、弔鐘のように低く響いた。
弔いの黒瑪瑙は、艶を殺して磨きますの。送る石が、けばけばしく光ってはなりませんもの。わざと光を沈めるのが職人の腕——そういう仕事が、この世にはございますのよ。
底の気泡が七つとも同じ位置。手磨きの一点物では、決して揃いませんわ。皆さまも、お手元の石の底を、いちど覗いてごらんになって。
次回は葬儀組合の帳面を検めに。銅貨五枚の鑑定書を、街じゅうへ配って差し上げますわよ。【ブックマーク】と【☆評価】、扇の陰よりお待ち申し上げます。




