表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「石ころ令嬢」と捨てられた私、宵闇公爵の工房で王国唯一の鑑定眼として溺愛されています 〜妹の"光る鑑定"は偽物ですわよ〜  作者: 西園寺ミオ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
31/65

第31話:戦のはじまりに、鑑定人は値札を配りますわ

 卓の上に布に包んだ車軸の折れ口が置かれている。


 一夜明けても、挽き目は挽き目のままだった。木の繊維の半分がささくれ、半分がつるりと滑らかな、あの断面。灯りを消しても、ノエリアの眼の裏には焼きついている。


「馬車の護衛を四名に増やした。表口にも二名置く。当面、王宮の検分以外の外出は控えろ」


 朝の広間でルキウスは短くそう言った。命令の形をしていたが、その声の底には、昨夜の——彼女の肩を摑んだ、あの震える指先の名残があった。


「公爵様」


 ノエリアは、御用鑑定人の紺の外套を羽織りながら、静かに返した。公務の朝は、彼を「公爵様」と呼ぶ。


「囲っていただくのは、ありがたく存じますわ。ですけれど、それでは負けですの」


「負け?」


「囲われた鑑定人は、市場に出てまいりません。相手はそれを望んでおりますのよ。わたくしを工房に閉じ込めれば、下町の偽石は、また静かに売れていく」


 彼女は、白手袋を嵌めた。ぱちり、と手首で鳴る。


「あの方の武器は、金貨と流通網ですわ。でしたら、わたくしの武器は——眼と、庶民の信頼ですの。剣で殴り返してはいけませんの。値札を配り返しますのよ」


 ルキウスは、しばらく彼女を見ていた。それから、外套の襟を無言で正してやると、ひとつだけ譲った。


「……護衛は四名だ。それは譲らん」


「ええ。そこは、ありがたく」


   *


 王都の下町——職人街の裏手に、いつからか「偽石の街」と呼ばれる一画がある。


 銀貨で本物が買える、と評判の露店市。婚礼の指輪、祝いの根付、弔いの喪石。人生の節目に庶民がなけなしの銭を握って買いに来る場所だ。そのどれもが、いま少しずつ硝子と合成石に入れ替わっている。


「ガレオンの市、ってやつだ」


 工房の作業台に地図を広げて、ベンノが煙管の先で一画を指した。


「表向きは『安く本物が手に入る良心の市』。実態は、東の倉庫街の量産工房から流れてくる染め硝子の掃きだめよ。値が安いから、貧乏人ほど引っかかる」


「銅貨五枚の鑑定をこの街で開きますわ」


 ノエリアは地図の上に鑑定書の束を置いた。夜天商会の罫線に御用鑑定人の名。庶民が三月分の給金を溝に捨てる前に、たった銅貨五枚で「本物か、硝子か」を告げる紙。


「ノエリアさま、あたしも行きますっ」


 ミルカが、鑑定書の束を胸に抱えて鼻息を荒くした。


「机を並べて、番号札を配って、列を整えます。あの、その……ご挨拶も、しますっ」


「あら、頼もしいこと」


 ノエリアは、棚の隅の原石にそっと指を触れて、いつものように小さく挨拶をした。ミルカが、隣で真似をする。石に頭を下げる令嬢と、その半分の背丈の見習い。工房の朝の見慣れた光景になっていた。


   *


 昼過ぎ、思いがけない客が工房を訪ねてきた。


 糊のきいた礼服の背筋。手には、革張りの計測器の函。王立鑑定院主任、エルネスト・ロッシュ。


「ノエリア嬢。……いや、業務の話だ」


 彼は、開口一番そう言った。まるで言い訳のように。


「先般の湿度計測の追補で、下町の合成石を継続観測する必要が生じた。屈折率の温度依存を比較対照するための共同研究だ。……つまり、君の廉価鑑定の隣に私の計測台を置く。院の名において」


「計測の追補、ですのね」


「そうだ。追補だ」


 ノエリアは、扇の陰でわずかに口角を上げた。この生真面目な男は、「加勢に来た」の一言が、どうしても言えないのだ。眼を再現性のないものと切って捨てた男が、その眼の隣に自分の計測器を並べに来る。


「エルネスト様。眼は数字で裏づけられ、数字は眼で肉づけされますわ。——ご一緒いたしましょう」


「……記録のためだ。他意はない」


 彼はぶっきらぼうにそう言って、函を抱え直した。耳の先が、ほんの少し赤い。


   *


 その日の夕刻、下町の質屋の女将が、息を切らして工房に駆け込んできた。


「御用鑑定人さま! どうか、どうか視ていただきたいものが」


 差し出されたのは、黒い喪の石。葬礼のとき、遺族が故人の胸元に添える、弔いの黒瑪瑙だ。


「うちにこの半月で同じ石が七つも質入れされました。どれも、つい先日、葬儀で使ったばかりのもの。……それが、みんな返しに来るんです。『棺に入れた石が、火の中で溶けた』と」


 ノエリアの指が、止まった。


 黒瑪瑙は、火に溶けない。


 溶けるのは——硝子だ。


「女将さん」


 彼女は、白手袋を嵌め直した。ぱちり、と、いつもより低い音がした。


「その七つ、すべて拝見いたしますわ。——弔いの石で商いをする者が、この王都にいるのなら。それは、わたくしが、いちばん赦せない類の偽物ですの」

銅貨五枚。たったそれだけで、三月分の給金を溝に捨てずに済みますの。鑑定料は高いほど立派——その思い込みこそ、あの市がいちばん頼りにしている元手ですわ。

それにしてもエルネスト様。「他意はない」と念を押されるほど、他意はにじむものですわね。耳の先が正直でいらっしゃること。

次回、涙の代わりに硝子を握らされた方のもとへ参ります。義憤の一件、お覚悟くださいまし。【ブックマーク】と【☆評価】を、扇の陰から。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ