第29話:品評会の夜、気づいてしまった
王立宝飾品評会は、王都の宝飾職人にとって、一年でいちばん大きな、舞台だ。
各商会がその年の最高の一点を、出品する。夜天商会の出品は、ベンノが半年かけた大作——銀線細工の星天儀に、小粒の金剛石を星座のかたちに散らした、卓上飾り。題は『冬天』。
「うちの『冬天』、絶対いちばんです! だって、ぜんぶの星にノエリアさまのお墨付きの石を使ってるんですから!」
会場の隅で晴れ着のミルカが、鼻息を荒くしている。今年から、見習いも入場を許されたのだ。
品評会の夜は社交の夜でも、ある。広間には王都中の名士。あれから一年——「石ころ令嬢」と囁いた口々は、今は「御用鑑定人さま」と、会釈をする。世間の値札のなんと、忙しいこと。
「ノエリア嬢。先日の湿度計測の追補だが」
糊のきいた礼服のエルネストまでが、義理堅く、挨拶に来た。来て、開口一番が計測の話なのが、いかにも彼だった。
*
審査の発表は、夜半前だった。
「本年度、最優秀賞——夜天商会、『冬天』!」
工房の職人席が爆ぜた。ベンノが、煙管を取り落として、隣の弟子と抱き合っている。ミルカは泣いていた。声をあげて、子どもみたいに。
壇上でルキウスが当主として、賞牌を受け取る。
彼は短い謝辞を述べた。職人の名をひとりずつ。最後にこう結んだ。
「——夜天商会の石はすべて、うちの鑑定士が『本物』と保証したものです。本物の上にしか、職人の仕事は積めない。賞の半分は彼女の眼に」
拍手の中、壇上の彼と客席のノエリアの目が、合った。
ほんの二秒。
彼が笑った。
端のない完璧な社交の笑みでは、なかった。炉端の夜の自分でも気づいていなかった、あの口角。それが、三百人の広間のただ中で、彼女ひとりに向かって——。
(——あら)
心臓が跳ねた。
(あら。あら、あら)
雨夜の馬車で「正解だ」と言われた夜とは、違う跳ね方だった。鑑定眼が本物を見つけたときの、あの胸の高鳴りとも、違う。これはもっと——もっと、ずっと——。
ノエリアは扇を開いて、口元を隠した。鑑定士は自分の状態を正確に把握する者だ。把握、してしまった。
(……気づいて、しまいましたわ)
わたくし、あの方を。
雇用主として、ではなく。共犯として、でもなく。
*
夜気にあたりたくて、露台に出た。
冬の星が本物の『冬天』が、頭上に広がっていた。星はまばたきをする。本物だから。
(落ち着きなさいなノエリア・グランツ。よりにもよって、雇用主ですのよ。公爵さまですのよ。それに……)
それに、あの方の指先はまだ冷たい。
黒曜の心臓は今も彼の感情を喰い続けている。炉端で笑い壇上で笑い——少しずつ温度を取り戻しているとはいえ、あの石の契約が解けない限り、彼の心は完全には彼のものではないのだ。
もし、いま彼が誰かに心を傾けたとして。
それは呪いの綻びゆえなのか、彼自身のものなのか——彼にすら、分からない。
(……ですから、この想いは当分、封蝋ですわ)
ノエリアは夜空に向かって、ひとつ、息を吐いた。白い息が星に向かって、ほどけていく。
(けれど、決めましたの。お母様)
大宝冠の調査でも、御用鑑定人の職務でもない、彼女だけの案件が、いまひとつ増えた。
(あの方の感情を呪いから、ぜんぶ取り戻して、さしあげますわ。怒りも、喜びも、悲しみも——端から端まで、全部。その上であの方が何を選ぶのか)
それを見届けるまでは、この胸の内は誰にも鑑定させない。
「——ここにいたのか」
背後の声に危うく、扇を取り落としかけた。
ルキウスが外套を片手に立っていた。当然のように、それを彼女の肩に、かける。
「冷える。中へ戻れ」
「……ええ、すぐに。星を見ておりましたの」
「星か」
彼も隣で夜空を見上げた。露台の手すりにふたつの影が並ぶ。肩にかけられた外套は、彼の体温の分だけ——いいえ。まだ冷たい。けれど、ほんの少しだけ、冷たくない気がするのは、気のせいということに、しておく。
「ベンノの『冬天』と、どちらが上だ」
「あら、難しい鑑定ですこと」
ノエリアは笑った。胸の内の封蝋が早くも軋むのを感じながら。
「……夜空は本物ですわ。ですけれど、今夜だけは——人の作った星のほうが、すこし、勝ちですの」
気づいてしまいましたわ。ええ、気づいてしまいましたの。
けれど想いには封蝋を。あの方の心が、あの方のものに戻るまで。——この恋の回収予定は、当分先ですわよ、皆さま。次回、第1部最終話。穏やかな夜は、長く続きませんの。穏やかなうちに、【ブックマーク】と【☆評価】を。




