第27話:安すぎる輝き
鑑定室の前の列は、翌朝には市場通りの角まで伸びていた。
持ち込まれるのは、どれも安物の宝飾品だった。婚礼の指輪。娘の成人祝いの耳飾り。亡き父の形見の留め針。買った店はばらばら、けれど話の筋はみな、同じ。
「『本物の紅玉が銀貨五枚』って言われて。あたしらにも買える宝石だって、嬉しくて」
「そしたら隣のかみさんの指輪と、色がまるで違ってきて。三月でこんなに白っちゃけて……」
ノエリアは一点ずつ、挨拶をして、視た。三十七点。結果は視るまでもないほど、揃っていた。
「皆さま。——お集まりのところ、まとめて、申し上げますわ」
彼女は鑑定室の外の列に向かって、台の上に立った。御用鑑定人が市場のおかみたちに辻説法をする図に、通りの人垣がどんどん、膨らんでいく。
「お持ちの石はほとんどが『染め硝子』と『練り石』ですの。硝子に色を染ませたり、石の粉を樹脂で固めたり——三月で、色の褪せる作りですわ。本物の紅玉は百年経っても、色を変えません」
列がざわめいた。
「で、でも、お店の人は『本物』だって」
「ええ。ですから、これは売り方の罪ですの。石の罪ではありませんわ」
ノエリアは安物の指輪をひとつ、灯りに翳した。
「よろしくて、皆さま。安い宝石は悪ではありませんのよ。硝子は硝子として綺麗ですし、練り石には練り石の使い道が、ございます。正直な値札がついている限りは。——罪が生まれるのは、硝子に『本物の紅玉』の札を下げた、その瞬間ですわ」
「じゃ、じゃあ、あたしらの銀貨五枚は……」
「騙し取られたのと同じ、ですわね」
はっきり言うと列のあちこちから、悔し涙と怒声があがった。
「どこの店だいええと、看板は……『ガレオンの出店』だ」「うちもだよ! ガレオンの市だ!」「安いと思ったら、そういうことかい!」
(……ええ。やっぱり、あなたですのね)
偽宝石の量産。貴族相手の替え玉とちがって、こちらは一点あたり銀貨数枚の、小さな小さな嘘だ。けれど件数が桁違いだった。庶民の婚礼に、形見に、祝い事に——王都の暮らしの隅々まで、まばたきをしない安すぎる輝きが、染み込み始めている。
あの夜会で壇上の硝子を信じて笑っていた、三百人の貴族たち。それと同じ笑顔が、いま王都の市場じゅうに広がろうとしている。
*
「市場のことなんて、ほっとけばいいでしょうに」
夕刻、様子を見に来たエルネストが、計測器具を片付けながら、ぶっきらぼうに言った。例の文通以来、彼はたびたび、鑑定室に出入りしている。本人いわく「的中率の、記録のため」。
「御用鑑定人の職分は、王室の宝物だ。市場の銀貨五枚の硝子なんて、職分外もいいところだ」
「あら。では鑑定官さまは、なぜ本日、計測のご助力を?」
「……記録のためだ」
「三十七点も?」
「記録のためだと言っている」
耳の赤い計測官をミルカがにまにまと見ている。ノエリアは笑いを納めて、すこし真面目な声を出した。
「エルネストさま。わたくし、思いますの。王冠の宝石と市場の銀貨五枚の指輪は——同じ天秤に、載っていると」
「……どういう、意味だ」
「鑑定への信用、という天秤ですわ。市場で『本物』の札が嘘をつけば、人は札を信じなくなります。札が信じられなければ、鑑定書が信じられなくなる。鑑定書が信じられなければ——最後には、王冠の石が本物かどうかさえ、誰にも分からなくなりますの」
エルネストは器具を仕舞う手を止めて、まじまじと彼女を見た。
「……君はときどき、妙に大きな話をする」
「ふふ。職業病ですわ」
——大きな話では、ないのですけれどね。
王冠の石は現に偽物なのだから。そしてその偽物を作った手と、市場の染め硝子を捌く手は、おそらく同じ、樽のような男の手なのだから。
*
その夜、商会の定例会でルキウスは静かに宣した。
「夜天商会は来月より市場向けの廉価鑑定を、始める。一点、銅貨五枚。見習いと職人が一次検分、判定の難しいものだけ、鑑定室へ上げろ」
ベンノがにやりとした。
「儲けにならねえ仕事だぜ、旦那」
「儲けなら、あるさ」
ルキウスは窓の外——ガレオンの市の方角を、ちらりと見た。
「信用の市場であの男の店の真向かいに、うちの店を出す。それだけの話だ」
銀貨五枚の嘘は、積もれば王冠まで届きますの。
夜天商会、庶民向け廉価鑑定をはじめます。会頭さんの市の真向かいに、ですわ。次回、グランツ家に静かな異変が——妹の席が、空きました。皆さまのお席は、【ブックマーク】と【☆評価】で押さえておいてくださいましね。




