第25話:視えても、言えませんわ
その夜、夜天商会の書庫には、夜更けまで灯りがともっていた。
卓上に紙が三枚。
「整理いたしますわ。——言えないこと、言えること、できること。三枚に分けて、考えますの」
一枚目。言えないこと。
「『大宝冠の主石は七つすべて偽物』。これは言えません。証拠はわたくしの眼だけ。眼は法廷では証拠になりませんわ。言えば不敬罪、よくて御用鑑定人の罷免。そして——告発が潰れた瞬間に、敵は替え玉を始末して、永遠に闇へ沈めますの」
「同感だ。それで?」
二枚目。言えること。
「検分所見には『管理環境の改善』だけを、書きました。これで敵はわたくしが気づいたかどうか、確信が持てません。モルガナ卿は疑り深い方ですけれど、疑いは確信ではありませんもの」
「綱渡りだがな。……三枚目は」
三枚目。できること。
ノエリアは、そこに、母の字を写すように、書いた。
——真作、七点。捜索。
「偽物を偽物と証す方法は、ふたつ。偽物の出自を暴くか——本物を、横に並べるか。前者の道は敵の庭ですわ。後者の道なら」
「商会の庭か」
ルキウスの目に商人の光が、戻った。
「二十年前に外へ出た、七つの大粒。あれほどの石が、市場に出れば必ず噂になる。だが、二十年、噂のひとつもない。——つまり、ばらばらに時間をかけて、洗浄されながら、流された。来歴を塗り替えられて、な」
「『暁の紅玉』が競売に出かけたのが、その尻尾ですわ。あれはおそらく、替え玉の在庫処分。本物のほうも同じ流通の管を通ったはず。管の出口を辿れば、七つの真作のどれかに、届きますの」
「夜天商会の買付網を使う。大粒の無処理石の売買記録、二十年分。——時間はかかるぞ。年単位だ」
「ええ。年単位の来歴調査」
ノエリアは、ふと微笑んだ。
「公爵様。お気づきになりまして? わたくしたち、年単位のお約束が、これでふたつ目ですわ」
ルキウスが、書類から、顔を上げた。
「……『黒曜の心臓』か」
「ええ。あちらの来歴調査も、そろそろ本腰を入れたいと、思っておりましたの。契約石の形式は古い南方の様式。商会の買付網が南へ伸びるなら、ついでに古文書も漁ってまいりますわ。——大宝冠と、あなたの心臓と。二件まとめて、長期案件ですの」
ルキウスは、しばらく黙っていた。それから、彼にしては珍しく、回り道をせずに言った。
「……どちらが先に解けても、お前は当分、この商会から、離れられんな」
「あら」
ノエリアは、すまして、紙を揃えた。
「離れる予定は最初から、ございませんわ。わたくしの椅子、先日ひと回り、上等になりましたもの」
*
数日後。王立鑑定院から、一通の書状が、届いた。差出人、エルネスト・ロッシュ。あの、計測のひと。
——貴殿の宝物庫検分所見を閲覧した。「管理環境の改善」の項、湿度の数値根拠を追補されたし。ついては、小官の計測器具一式を貸与する用意がある。
——なお、貴殿の鑑定手法には依然として懐疑的であるが、競売の一件以来、小官は貴殿の結論の的中率を、記録している。現在のところ、十二件中、十二件。極めて、不愉快である。
——一度方法論について、討議されたい。
ノエリアは、ふきだした。
「ミルカ。お返事を書きますから、紙とペンを」
「お説教のお手紙ですか?」
「いいえ。——お友達になれそうな、お手紙ですの」
計測の人は、嘘をつかない数字の人だ。いずれ「眼」と「数字」が手を組む日が、来る。漠然とけれど確かに彼女はそう、予感していた。
*
そして、同じ頃。
王都の片隅、ガレオン商会の奥座敷では、樽のような男が、痩せた老人の杯に酒を注いでいた。
「——で。小娘は何か、言いましたかな」
「『硝子が曇っている』と」
「ほっほ。それだけで?」
「それだけ、だ。……だが、わしは気に入らん。あの眼は母親と同じ眼だ。二十年前と同じ目つきをしておった」
老人の杯が燭台の灯をにぶく、弾いた。
「あのときは雨の夜が片づけてくれた。——今度は誰が」
「……様子を見ましょう。なにただの娘ですよ。母親と同じようにね」
にこにこと樽のような男は、笑った。目は、笑っていなかった。
言えないこと、言えること、できること。——三枚目の紙に母娘二代の答えを書きましたわ。
年単位のお約束がふたつ。そして敵の奥座敷には、よくない相談がひとつ。次回、真作捜索の最初の釣果がございます。釣果の立ち会い人を募っておりますの。【ブックマーク】と【☆評価】で、どうぞ。




