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「石ころ令嬢」と捨てられた私、宵闇公爵の工房で王国唯一の鑑定眼として溺愛されています 〜妹の"光る鑑定"は偽物ですわよ〜  作者: 西園寺ミオ


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第24話:大宝冠は、黙っていた

 最奥の格納庫は、それだけで、ひとつの聖堂のようだった。八角形の石室。中央の檀上、硝子の覆いの下に——それは、あった。


 『七耀の大宝冠』。


 金の冠帯に、七つの大粒の主石。暁の紅玉。朝の黄玉。昼の青玉。木陰の翠玉。白昼の金剛石。黄昏の紫水晶。そして、宵の真珠。暁から宵まで、一日の七つの刻の色を、王の頭上に頂くという。


「……お初にお目にかかりますわ」


 ノエリアは、硝子越しに深く頭を下げた。これまでのどの挨拶よりも、深く。モルガナ卿が、檀の脇で目を細める。


「お美しいでしょう。三百年、王国とともにあった冠です。二十年前の大修復では、わたくしが総指揮を執り申した。……さ、検分を。硝子越しにですがな。覆いを開けるには、国王陛下の勅許が、いり申す」


(——硝子越し、と来ましたのね)


 予想はしていた。構わない。彼女の眼は、硝子の一枚くらいは、越える。


 ぱちり、と白手袋を嵌め、彼女は檀に歩み寄った。背中に、ルキウスの視線を感じる。——何を視ても、顔に出すな。


 燭台の灯りを借り、角度を変え、七つの主石をひとつずつ。


 暁の紅玉。


(……まばたきを、しませんのね。あなた)


 灯りを受けた赤は、均一に正面で最も強く、輝いた。本物の紅玉は、そうは光らない。本物は角度で翳り、芯に灯を溜め、覗く者の動きに合わせて、ためらいがちに瞬く。


 昼の青玉。同じ。木陰の翠玉。同じ。白昼の金剛石——これが、いちばん雄弁だった。本物の金剛石の火花は、七色がばらばらの速さで散る。この石の火花は、行儀よく、同じ速さで揃って散った。窯の中で急いで生まれた、光だ。


 黄昏の紫水晶。宵の真珠。朝の黄玉。


 七つ。


 七つ、すべて。


(——お母様)


 ノートの最後の頁の、途切れた文が、頭の中で二十年ぶりに続きを得た。


   七つの主石、すべて——偽物。


 膝の奥が、すうっと冷えた。


 これは、王国の冠だ。戴冠の儀で王の頭上に載る、宝器だ。それが二十年間、合成石の冠だった。次の代替わりの儀があれば、新王は、偽物の冠を戴いて、立つことになる。


 そして、それを二十年前に視抜いて——消されたのが。


「——御用鑑定人どの?」


 モルガナ卿の声が、すぐ後ろでした。いつの間に。背筋の産毛が、立つ。


「ずいぶんと熱心にご覧になる。何か、気になる点でも、おありかな」


 乾いた声に針が一本、仕込まれていた。ノエリアは、ゆっくりと身を起こした。振り向いたとき、その顔には、完璧な——端のない、完璧なだけの微笑が、載っていた。あの夜会で三百人に背を向けたときと、同じ。


「ええ、とても」


「ほう」


「硝子が曇っておりますわ」


 一拍。


「覆いの硝子の内側にわずかな曇り。空気の乾きが足りない証拠ですの。真珠は乾きに弱い宝石。このままでは宵の真珠が罅を呼びますわ。——格納庫の管理の見直しを、所見に書かせていただきます」


 モルガナ卿は、二秒、彼女の目を覗き込んだ。それから、ほっほ、と、枯れた笑いを立てた。


「これはこれは細かい。さすがは御用鑑定人どの。……ええ、ええ、善処いたしましょうとも」


 ——その目は、笑っていなかった。値踏みをしていた。この娘は、どこまで視たのか、と。


   *


 地上に出ると午後の光が、目を刺した。


 帰りの馬車でノエリアは長いこと、口を開かなかった。ルキウスも、何も訊かなかった。王宮の門を抜け、市街の雑踏に車輪の音が紛れた頃、彼女はようやく、囁くように言った。


「……七つ、すべて」


 それだけで伝わった。


 ルキウスは、目を閉じた。深く長い、息。


「最悪の答え合わせだな」


「ええ。……母のノートの続きが、埋まりましたわ。『七つの主石、すべて』——すべて、偽物。母は二十年前、これを知ったのですわ。検品を断られて、それでも、何かの形で確かめて」


「そして、雨の夜だ」


 馬車の中の沈黙が、重みを変えた。ノエリアは、膝の上で白手袋のまま、指を組んだ。怒りで眼を曇らせないために、ひとつずつ、息を数える。


「公爵様。わたくし、視てしまいましたわ」


「ああ」


「視えてしまった以上——黙る方が、嘘になりますの」


「分かっている」


 ルキウスは、目を開けた。宵闇色の瞳に冷たく静かな火が、点っていた。


「だが、考えても見ろ。『王冠は偽物だ』と、御用鑑定人が言葉にした瞬間、どうなるか。証拠はお前の眼だけ。相手は王国の聖域だ。——不敬罪は首が飛ぶ、罪だぞ」


「ええ」


 ノエリアは、窓の外の王都を見た。母を呑んだのと同じ色の、夕暮れが、滲んでいた。


「ですから——急ぎませんわ。母は急いで、独りで、確かめようとして。……間に合わなかった」


 彼女は、膝の上のルーペをそっと握った。縁の、小さな『N』を。


「今度は独りではございませんもの」

七つ、すべて。——お母様の文の続きは、最悪の形で埋まりましたわ。

視えても、言えない。御用鑑定人さま、初めての壁ですの。けれど今度は、独りではございません。次回、ふたりの「共犯」が深くなります。【ブックマーク】と【☆評価】を、何卒。

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