第21話:婚約指輪は、ふたつある
その日、鑑定室に持ち込まれたのは、騒動ごとだった。
「ですから! 本物はわたくしの指輪ですわ!」
「何をおっしゃいます、お姉さま。祖母さまがわたくしにくださったのが、本物です!」
従姉妹同士だという、ふたりの令嬢。卓の上には天鵞絨の小箱がふたつ。中身は——瓜ふたつの、真珠の指輪だった。
聞けば、亡くなった祖母の遺品整理で、まったく同じ意匠の指輪が、二つ出てきたのだという。祖母は生前、ふたりの孫娘それぞれに「私の婚約指輪は、あなたに」と、約束していた。
「祖母さまの婚約指輪は、世にひとつ。ならば片方は紛い物。本物を約束されたのは、わたくしです!」
「わたくしですわ!」
「お二方ともどうぞ、お掛けになって」
ノエリアはふたつの小箱にそれぞれ、挨拶をした。令嬢たちが毒気を抜かれた顔で着席する。
ぱちり、と、白手袋。
ルーペの下で二つの指輪は本当によく、似ていた。同じ金。同じ意匠。真珠の艶の年齢も、ほぼ、同じ。
(……あらあら。これは)
半刻の検分ののち、ノエリアは顔を上げた。
「鑑定の結果を申し上げますわ。——どちらも本物ですの」
「「は?」」
「正確に申しますと。どちらも約六十年前、同じ工房で同じ職人の手によって、同時に誂えられた、一対ですわ。金の打ち出しの癖、真珠の留めの手順、すべて、同じ手。作られた時期の差は、ございません。後から似せて作った紛い物では、ありえませんの」
令嬢たちは顔を見合わせた。
「で、ですが、婚約指輪は一つのはず……」
「ええ。ですから、ここからは鑑定書の外のお話——確かめる方法が、ひとつだけございますわ」
ノエリアは二つの指輪の内側を光に透かした。
「リングの内側に彫りがございます。片方には『L』。片方には『R』。……お祖母さまのお名前と、お祖父さまのお名前の、頭文字ではございませんこと?」
令嬢たちが、覗き込む。
「『L』は……祖母さまの、ロザリンド」
「『R』は祖父さまの……リヒャルト、ですわ」
「ではこういうことですのね」
ノエリアは、微笑んだ。
「六十年前、お祖父さまは婚約のしるしに、指輪を二つ、誂えました。ひとつはお祖母さまの指に。もうひとつは——お互いの名前を彫り分けて、ご自分の手元に。離れているときも、対でいられるように。当時の南部にそういう習いがございましたの。『対指輪』と、申しますわ」
「祖父さまの指輪……」
「お祖母さまはお二人のお孫さんにそれぞれ、仰ったのでしょう? 『私の婚約指輪はあなたに』『あの人の指輪は、あなたに』——と。伝わるうちに言葉が半分、こぼれて、しまったのね」
しん、とした鑑定室で妹のほうの令嬢が、ぽつりと言った。
「……祖母さま、晩年、よく仰ってたわ。『わたしたちは二つでひとつ』って。……わたくしたち、ひとつしかないと思って、その、奪い合って……」
「祖母さまのお形見の前で、なんてことを……」
ふたりはそれぞれの小箱をそっと交換するように、持ち直した。姉が『L』を妹が『R』を。喧嘩の名残で目を腫らしたまま、ぎこちなく、笑い合う。
「鑑定料は一件分で結構ですわ。——指輪は二つでも、鑑定はひとつでしたもの」
*
令嬢たちが帰ったあと、扉の陰から、ルキウスが姿を見せた。最近、彼が鑑定室の終業間際に現れる頻度は、目に見えて、上がっている。
「対指輪、か。古い習いをよく知っていたな」
「母のノートにございましたの。鑑定の知識の頁ではなく——余白の、落書きに」
ノエリアは、ノートの古い頁を開いて見せた。隅に小さな小さな対の指輪の絵。その横に母の字で『いつか』。
「……母も、欲しかったのかも、しれませんわね。父との指輪は商会の婚礼でしたから、たぶん対ではなくて」
ルキウスはその落書きを長いこと見ていた。
それから、何か言いかけて——やめて、別のことを言った。
「来週、朔日だ」
「ええ。宝物庫の検分初日ですわ」
「同行者の枠が一名ある。商会の記録係として、わたしが入る」
「まあ。公爵さま御自ら、記録係を?」
「……雇用主の責務だ」
彼が踵を返したあとノエリアは母のノートの落書きを、もう一度だけ、見た。
対の、指輪。『いつか』。
(……お母様ったら)
頬がすこし熱いのは、夕陽のせいということにして、彼女はノートを閉じた。
本物はどちら?——どちらも、ですわ。むしろ「二つでひとつ」が正解でしたの。
そしてお母様のノートの余白に、対の指輪と『いつか』の文字。……ええ、わたくしも見なかったことにいたします(しません)。次回は工房のお茶会、贈り物攻防の最新戦況ですわ。お茶会の席はあと一つ。【ブックマーク】と【☆評価】で、お取り置きくださいまし。




