第20話:盗まれた青の、帰り道
その指輪は、質屋からの持ち込みだった。
「うちに流れてきた品なんですがね。妙に安く持ち込まれたもんで、念のため、お墨付きをいただこうかと」
王都の質屋組合は、御用鑑定人の就任以来、高額の質草に鑑定書を求めるように、なっていた。偽物を摑まされる事件が、続いたせいだ。
卓上の指輪は、見事な青玉だった。矢車菊の青。ただ——。
(……あなた、お顔を変えていらっしゃるのね)
挨拶して、白手袋。ルーペの下でその石は、落ち着かなげだった。研磨面が、新しすぎる。石の年齢に対して、カットだけが今朝生まれたように若い。
「組合長さん。この石、最近、削り直されていますわ」
「削り直し? ええ、まあ、よくあることでさ。古臭いカットを今風に、ってのは」
「ええ。よくあることですの。——石の素性を消したいときにも」
質屋の主人の顔色が、変わった。
ノエリアは検分を続けた。削り直しは、上手い職人の仕事だ。けれど、石の「芯」までは、削れない。青の濃淡の偏り、内包物の星の位置——石の指紋は、残っている。
「公爵様。お願いがございますの」
その夜、彼女は商会の記録室に、ルキウスを訪ねた。
「ここ一年の王都の盗難宝石の届け出記録。商会で写しをお持ちと、伺いましたわ」
「ある。保険の引き受けに要るのでな。——当たりをつけているのか」
「ええ。矢車菊の青で、この大きさで、左下に星の散る子。……いなくなったと悲しんでいる方が、いるはずですの」
*
記録は三日で当たった。
半年前、南の市場通りの仕立屋に泥棒が入り、銭箱と——亡き女主人の形見の、青玉の指輪が、消えていた。届け出人は、十六歳の娘。仕立屋の今の主人だった。
「石の特徴の記載が、届け出と一致いたしますわ。『左下に星をちりばめたような曇り』。……娘さんは石の中の星まで覚えておいででしたのね」
質屋組合は、潔かった。盗品と分かれば、返す。それが組合の信用だからだ。ただし、と組合長は渋い顔をした。
「削り直された石を『あんたの石だ』と、どう証明なさる? カットが変わっちまってる。娘さん自身が、見分けられんでしょう」
「証明はわたくしのお仕事ですわ」
*
仕立屋の娘は店の奥で糸切り鋏を握りしめて、座っていた。
卓上の指輪を見て、首を横に振る。
「……違います。お母さんのはもっとこう……四角くて、年寄りくさい形で。これみたいにきらきらしてなくて」
「ええ。お顔は、変えられてしまいましたの。ですから——お顔ではなく、中身を見てさしあげて」
ノエリアは、娘の手にルーペを持たせ、灯りの角度を直してやった。
「左の下のほう。覗いて、ゆっくり石を回して」
娘は、おそるおそる覗き込み——息を、止めた。
「……星」
「ええ」
「星だ……お母さんの、星。あたし、ちっちゃい頃、これ覗いて……『指輪の中に、お星さまがいるよ』って言ったら、お母さん、笑って……」
ルーペを握ったまま、娘はぼろぼろと泣いた。
「形、変わっちゃっても……中は、お母さんのまんまだ……」
「人さまも、石も、同じですのよ」
ノエリアは鑑定書をしたためた。石の指紋——内包物の配置図を、丁寧に描き写して。とろり、ぽたり、と封蝋を落とす。
「この鑑定書がこの子の戸籍になりますわ。もう誰にも、お顔を消させませんように」
*
「——で。削り直しを請けた工房は、どこのどいつだ」
帰り道の馬車でルキウスが、低く言った。商人の顔では、なかった。
「組合長さんの調べでは、東の倉庫街の看板のない工房ですって。盗品の『お顔直し』専門の——そして、その工房の家賃の納め先は」
「ガレオン商会、か」
「いくつも会社を挟んでですけれど。……すり替えの夜警さんの足取りが消えたのも、東の倉庫街、でしたわね」
盗品の洗浄。偽宝石の量産。魔具の細工。にこにこ顔の商会の裏側が、少しずつ輪郭を結びはじめている。
「ノエリア。深追いはまだするな。倉庫街はあの男の庭だ」
「ええ。今はまだ」
ノエリアは、窓の外を流れる王都の灯を、見た。
(けれど、会頭さん。あなたの帳簿のどこかに——母の名前も、あるのでしょう?)
お顔を変えられても、中のお星さまは、消えませんの。
事件簿の青は、無事に帰り道へ。そして東の倉庫街に影がまたひとつ、積もりましたわ。次回は婚約指輪のふたご騒動。少し肩の力を抜いて参ります。肩の力を抜いたついでに、【ブックマーク】と【☆評価】も、ひとつどうぞ。




