第19話:呪われた首飾りは、夜に鳴く
御用鑑定人の看板は、思わぬ客を連れてくる。
「夜になると……鳴くんです。その首飾りが」
応接の長椅子で若い伯爵夫人は、青い顔をしていた。卓上の小箱には、黒真珠の首飾り。亡くなった先妻の遺品だ、という。
「き、きい……と。簞笥の奥から。家の者は先の奥様の恨みだと申します。わたくしが後添えに入ったことを、お恨みなのだと……。お祓いも頼みました。けれど、鳴き止まなくて。お恥ずかしい話、屋敷の女中が三人、暇を取りました」
「まあ。それはそれはお困りでしたわね」
ノエリアは、小箱の首飾りに挨拶をして、白手袋をぱちりと嵌めた。
黒真珠は、十九粒。先妻の形見にしては、留め金が、新しい。検分は半刻。それから彼女は、奇妙な注文をした。
「奥様。今夜、お屋敷に伺いますわ。——その簞笥のお部屋で首飾りと一緒に夜を過ごさせて、くださいまし」
*
伯爵邸の衣装部屋は、夜気が、しんと冷えていた。付き添いを申し出たミルカは、燭台を抱えて、がたがた震えている。
「ノ、ノエリアさまはこ、怖くないんですか。の、呪い」
「怖いものはありますわよ。視えないものは怖うございます」
「で、ですよね!」
「ですから——視えるまで、待ちますの」
夜半過ぎ。部屋の温度が、すとんと下がった、その時。
……きぃ。
鳴いた。簞笥の奥で細く、軋むように。ミルカが悲鳴を呑み込み、ノエリアの袖を握り潰す。
ノエリアは、動かなかった。耳を澄ます。もう一度——きぃ、ぱき。
(……二種類、ですわね。軋む音と爆ぜる音)
彼女は燭台を寄せ、簞笥から首飾りの箱を取り出し、蓋を開けた。
「ごきげんよう。……ずいぶんとお苦しそうですわね、あなた」
黒真珠の一粒に髪の毛ほどの罅が、走っていた。
*
翌朝。伯爵夫妻の前でノエリアは、鑑定書を読み上げた。
「鳴き声の正体はふたつ。ひとつは——真珠の罅が、進む音ですわ」
「罅……?」
「真珠は生き物の産んだ宝石ですの。乾きと寒さにとても弱い。この衣装部屋は北向きで、冬の夜は冷え込みます。十九粒のうち三粒に罅が始まっておりました。夜、部屋が冷える刻限に罅がぱき、と進む——それが『爆ぜる音』」
「で、では軋むほうの音は」
「留め金ですわ」
ノエリアは、首飾りの留め金を示した。
「この留め金、最近付け替えられたものですけれど、寸法がわずかに合っておりませんの。首飾りを箱の台座に掛けたまま仕舞われていますから、夜、金属が冷えて縮むたび、台座と擦れて——きぃ、と」
伯爵が頭を抱えた。
「留め金は……先月、わたしが商会に頼んで、替えさせたのだ。妻にいずれ譲ろうと思って。それが鳴く原因に……」
「呪いではなく、お心遣いが鳴いておりましたのね」
ノエリアは微笑んでそれから少しだけ、声を改めた。
「ですが——奥様。ひとつだけ呪いでないとは言い切れないものが、ございましたわ」
夫人がびくりと身を竦める。ノエリアは、首飾りの裏、留め金のすぐ脇の一粒を、光に透かした。真珠の表面にごく細い字が針で彫られている。
「『健やかなれ』——と。先の奥様の筆跡かどうか、旦那様なら、お分かりになりますでしょう」
伯爵は覗き込み、長いこと黙った。
「……妻の、字だ。病の床でよく書いていた。『この家の人々、健やかなれ』と」
「先の奥様はこの首飾りを恨みの形見ではなく——祝福の形見として、遺されましたのね。罅の手当てと留め金の調整はうちの工房で承ります。それから奥様、これは南向きのお部屋で、ときどき身につけて、さしあげて。真珠は人の肌で艶を保つ、宝石ですから」
夫人の目から、ぽろりと涙が落ちた。
「……わたくし、ずっと先の奥様に憎まれていると……。身につけて、いいんですの。わたくしが」
「ええ。——石は、嘘をつきませんの。彫られた祝福も本物ですわ」
*
帰りの馬車でミルカが感極まって、鼻を啜っていた。
「呪いがお心遣いと祝福でできてました……」
「ふふ。世の『呪い』の九割は、ああいうものですわ。視れば、ほどけますの」
——では残りの一割は?
ノエリアの脳裏にふと窓のない円形の間が、浮かんだ。五十年、本当に人を喰い続けている、あの黒い石。
(あなたの番も、すぐですわ。……待っていて、くださいまし)
来月朔日、宝物庫の検分が始まる。その前に視ておきたいものが、彼女にはもうひとつ、あった。
御用鑑定人の事件簿、開幕ですわ。呪いの正体は罅と、留め金と、祝福でした。
ですが本物の「契約」は、まだ円形のお部屋で待っております。【ブックマーク】と【☆評価】で、事件簿の続きをご注文くださいまし。




