表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「石ころ令嬢」と捨てられた私、宵闇公爵の工房で王国唯一の鑑定眼として溺愛されています 〜妹の"光る鑑定"は偽物ですわよ〜  作者: 西園寺ミオ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/17

第17話:魔具の銘

「持ち込んだのは、鑑定院だ。不正調査の一環として、夜天商会に技術検分の協力要請が来た」


 工房の作業台の上に、油紙に包まれたそれが置かれた。


 ペルラの——割れた共鳴札。


 硝子は罅だらけ、銀の縁は歪み、光の糸はもう一筋も残っていない。けれどベンノは、これを一目見るなり、煙管を置いた。職人が、本気の顔になるときの仕草だった。


「……こいつは、てえした細工だ」


「てえした、ですの?」


「ああ。憎たらしいほどな」


 ベンノは、針の先で銀縁の継ぎ目を示した。


「見な。縁の銀の巻き方——これは宝飾の技だ。それも一級の。硝子の面には、髪の毛より細い彫りが渦になってる。こいつが光の仕掛けだろう。彫りの道具は宝飾用の彫刻刀。つまりこの『魔具』とやらはな、お嬢——魔術師の仕事じゃねえ。宝飾職人の仕事だ」


 工房が、静まった。


「宝飾の工房で、こんな彫りができる職人は、王都に何人もいねえ。それで、だ」


 ベンノは、罅割れた硝子の隅の隅、銀縁の裏側を、ルーペごとノエリアに差し出した。


「銘がある。消した跡ごとな」


 覗き込む。銀の面に、やすりで擦り潰された刻印の痕。けれど刻印は、打った時点で金属の奥まで沈む。表面を消しても、歪みは残る。


 ノエリアは、蝋を薄く引き、布で起こした。浮かび上がったのは——錨と槌を組み合わせた、小さな紋。


「……ガレオン商会、工房部の銘ですわ」


 言い切った声に、自分でも驚くほど、温度がなかった。


 妹に札を渡したのは、やはり、あの男。三年かけてグランツ商会を「光る鑑定」に依存させ、借金で縛り、姉を追い出させ——そして用済みになれば、壊れるに任せた。


「鑑定院には、このまま報告いたしますわ。技術所見として、ありのままを」


「いいのか? 相手は審査員サマだぜ。揉み消しにかかるだろうよ」


「ですから、ありのままだけを、ですの。推測はひとことも書きません。——銘の消し跡がある。彫りは宝飾職人の手。それだけで、読む人が読めば、十分ですわ」


   *


 報告書を鑑定院へ届けた、その帰り道のことだった。


「これはこれは、御用鑑定人さま」


 路地の先に、樽のような体が立っていた。


 偶然を装う気すら、もうないらしい。ドラートは、にこにこと帽子を取った。


「ご昇進、おめでとうございます。いやあ、わたしも審査員席で鼻が高かった」


「……ごきげんよう、会頭さん。お急ぎでなければ、わたくし急ぎますわ」


「うちと、組みませんか」


 単刀直入だった。揉み手のまま、目だけが値踏みをしている。


「あなたの『眼』と、うちの『販路』。王都の宝石の値段は、ぜんぶ、こちらで決められるようになる。グランツの倍——いや、夜天商会の倍、お支払いしましょう。なに、難しいことはありません。たまに、視えなかったことにしていただくだけで」


「お断りいたしますわ」


 即答だった。ドラートは、心底愉快そうに、ひひ、と笑った。


「即答だ。いいですねえ。——時に、御用鑑定人さま。割れた手鏡の検分、ご苦労さまでした。それで、何か、視えましたかな?」


「ええ」


 ノエリアは、にっこりと笑った。


「とても良い腕の、職人さんの手が」


 一拍。


 ドラートの揉み手が、止まった。にこにこは、消えなかった。消えないまま、声だけが、井戸の底のように低くなった。


「……惜しいなあ」


「何が、ですの」


「お前の母親も、同じ顔で断った」


 ノエリアの心臓が、一度、大きく鳴った。


 ドラートは帽子をかぶり直し、もう揉み手はせず、商人の顔のまま背を向けた。


「いい目は、長生きしませんよ。御用鑑定人さま。——お母上に、よろしく」


 雑踏に、樽のような背中が消えていく。


 ノエリアは、その場に立ち尽くしていた。怒りより先に、頭の中で、母のノートの最後の頁が、ひらりとめくれた。


 ——七つの主石、すべて。


 母は、何かを視た。視て、誰かに「組まないか」と言われ、同じ顔で断り——そして、雨の夜の馬車の事故。


   *


 その夜。報告を聞いたルキウスは、長いこと黙っていた。


 やがて口を開いたとき、その声は、彼女が聞いたことのない種類の静かさだった。


「ノエリア。明日から、お前の馬車には商会の護衛をつける。二名。断るな」


「……過保護ですわ」


「過保護ではない。経験則だ」


 彼は、窓の外の夜を見た。


「あの男は、先代の頃から知っている。ガレオン商会が急に伸びはじめたのは、ちょうど二十年前——大修復の、すぐ後だ」



「お前の母親も、同じ顔で断った」——会頭さん、それは言ってはいけない一言でしたわね。

これで母の事故と、二十年前と、偽物の光が、一本の糸になりかけております。次回は章納めのご褒美回。工房の夜に、灯りがふたつ。【ブックマーク】と【☆評価】を!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ