第11話:三つの課題
王立鑑定院の大講堂は、半円形の階段席にぐるりと囲まれていた。
席は満員。貴族、商人、新聞屋、野次馬。中央の床には鑑定卓がふたつ、十歩の間を空けて、向かい合っている。片方にグランツ商会の薔薇の紋。片方に夜天商会の星章。
「両候補、前へ」
進行役の声でノエリアとペルラは、それぞれの卓についた。
ペルラの装いは目の覚めるような白に、金。胸元には例の手鏡のような飾りが、ちらりと覗いている。
「姉さま、お手柔らかに」
「ええ。お互いに」
審査員席は七つ。中央に銀縁の眼鏡の若い男——王立鑑定院主任鑑定士、エルネスト・ロッシュ。痩身に糊のきいた白衣。手元には天秤と分銅と、几帳面に並べられた、計測器具。
彼は開会の辞もそこそこに、よく通る声で言った。
「最初に申し上げておく。私は『光る鑑定』も『視える眼』も、等しく、信用していません」
講堂がざわめいた。両候補まとめての宣戦布告だ。
「鑑定とは計測と記録です。比重、硬度、屈折。数値は誰が測っても同じ値を返す。再現できないものは、技ではなく——奇術だ。本試験で私が見るのは、結論ではなく、根拠。以上」
(……まあ。手厳しいこと)
けれどノエリアは、この若い鑑定官が、嫌いではなかった。彼の言い分は母の口癖と半分、同じだったからだ。
——視えたものを視えない人に渡せる形にするのが、鑑定書ですよ。
審査員席の端では、ドラートが揉み手をしながら、にこにこと両候補を眺めている。
「いやいや、楽しみですなあ。王都の宝石の未来が、今日、決まるわけだ」
*
「課題は三つ」
進行役が布をかけた台を三つ、運び込ませた。
「第一課題、真贋。十点の石から、混入した偽物をすべて選り分けていただく。第二課題、来歴。一点の古い宝飾品について、可能な限りの履歴を述べていただく。第三課題は——最終日に、発表する。以上、三日間にわたって、行う」
布が外され、第一課題の十点が、現れた。紅玉、青玉、猫目石、蛋白石……大きさも種類もばらばらの十点が、番号札とともに並ぶ。
「制限時間、一刻。——始め」
ペルラの卓から、歓声があがった。
彼女は次々と石を翳していく。ぱあ、ぱあ、と七色の光が連発され、そのたび、客席が沸く。四番、光らない——「これ、偽物ですわ!」。拍手。七番、光が鈍い——「これも、怪しゅうございますわね」。どよめき。
半刻もせず、ペルラは答案を出し終え、客席に投げ口づけまで、してみせた。
一方の夜天商会の卓は静かなものだった。
挨拶。白手袋。一点ずつ、ルーペと、光源と、針と、布。石を回し、息を整え、また回す。客席のどこかから「まだ撫でてるよ」と、忍び笑い。
ノエリアは、急がなかった。
(六番のあなた……お顔は青玉ですけれど、お腹の中の筋が、違いますわね。九番のあなたは本物。ただし、ずいぶん熱いお風呂に、入れられたご様子——)
一刻、きっかりで答案を提出する。
開票。
「グランツ商会、十点中——八点、正答」
拍手。上々の成績だ。
「夜天商会、十点中——十点、正答」
ほう、と客席が息を漏らす。だが、進行役の声はまだ続いた。
「……付記あり。読み上げます。『九番は天然の青玉なれど、加熱処理済み。申告なき処理品は、市場では準偽物として扱うべし。十番の猫目石は真作なれど、台座の金が刻印と不一致。詐称は石ではなく、台座にあり』——以上」
講堂が今度こそ、静まり返った。
出題側しか知らないはずの「仕掛け」を、ふたつとも、言い当てられたからだ。
エルネストが初めて手元の書類から顔を上げ、まじまじとノエリアを見た。
「……夜天商会の鑑定士に問う。九番の加熱を何で判じた」
「内包物の形ですわ。天然の絹糸状の筋は、強い熱を浴びますと端から溶けて、点々に切れますの。針の先ほどの点が、列をなして、残っておりました」
「計測ではなく、目視か」
「ええ。——ですが鑑定官さま。目視も道具と作法を尽くせば、再現できますのよ。ご一緒に覗いてごらんになります?」
エルネストはつかつかと卓へ歩み寄り、本当にルーペを覗いた。
長い、沈黙。やがて彼は咳払いをして、審査員席へ戻った。
「……確認した。付記の通りである」
客席がどっと沸いた。下馬評が初日にして、揺らぎ始めていた。
*
その夜。控え室を出たノエリアは、廊下の角で樽のような人影に出くわした。
「いやあ、お見事、お見事」
ドラートだった。揉み手と笑っていない目。
「グランツの先妻の娘さんが、これほどの腕とは。……ああ、いや、失敬。お母上のことは私もよく、存じておりますよ。惜しい方を亡くした」
ノエリアの足が止まった。
「……母をご存じですの」
「ええ、ええ。昔、ほんの少しだけ、お仕事のご縁が」
ドラートはにこにこと頭を下げ、すれ違いざま——声だけを、すっと低くした。
「明日も頑張ってくださいよ。……あまり、視えすぎませんように」
計測のエルネスト官、両陣営に塩対応かと思いきや、ルーペは覗く方ですの。良い官吏ですわ。
そして廊下の会頭さん、その「ご縁」とやら、後ほどゆっくり鑑定いたしますわね。次回、第二課題。妹の光が会場を呑みますわ。審査員席は満席ですけれど、【ブックマーク】と【☆評価】の席なら、まだ空いておりましてよ。




