第10話:王室御用鑑定人、選定試験
王室の使者は、応接間で書状を読み上げた。
「——先の競売会における鑑定異議の一件、王室はこれを重く見ておられる。王都の鑑定の信用は、揺らいだ。よって王室は、新たに『王室御用鑑定人』を、公開の選定試験をもって、任ずるものとする」
使者は、巻紙から顔を上げた。
「候補は二者。王都宝飾商会の二大、すなわち——グランツ商会、ならびに夜天商会。各商会より鑑定士一名を出されたし。試験は十日後、王立鑑定院にて。……ご質問は」
「一点だけ」
ルキウスが、静かに尋ねた。
「審査は誰が」
「王立鑑定院の鑑定官、宮廷の有識者、ならびに——商業ギルドの推薦人で、構成されます。名簿は追って」
使者が辞すると応接間には、書状だけが、残された。
「……公開試験、ですか」
「王室らしいやり方だ。競売の騒ぎで『どちらの鑑定が本物か』という噂が立った。放っておけば、王都の宝石取引そのものが冷える。だから——舞台を作って、白黒をつけさせる」
「グランツ商会が出すのは、十中八九」
「妹だろうな」
姉妹の公式の直接対決。
社交界が、これを見世物にしないはずが、なかった。翌日には王都中の茶会の話題がこれ一色になり、賭けの胴元まで現れたという。
下馬評は、圧倒的にペルラ優勢。——なにしろ片方は「光る鑑定」の寵児で、片方は「石ころ令嬢」なのだから。
*
三日後。一通の手紙が、夜天商会のノエリア宛てに、届いた。
差出人、グランツ伯爵オズワルト。
ミルカが息を詰めて見守る中、ノエリアは、封を切った。
父の字だ。商談の文字。署名の練習を千回した者の、つけ入る隙のない字。
文面は、短かった。
——選定試験を、辞退しろ。
——お前が出れば、グランツの家名に泥を塗る見世物になる。負ければ恥、勝ってもなお恥だ。家の恥の上塗りを、するな。
——辞退の口上は、こちらで整える。賢明な判断を、期待する。
最後まで娘の名前を呼ばない手紙だった。
「ノ、ノエリアさま……あの、それ……」
ミルカが、おろおろと顔を覗き込む。破り捨てるところを想像したのだろう、両手がすでに、紙くず籠を抱えている。
ノエリアは、笑った。
「破りませんわ」
彼女は手紙をきれいに畳み直すと、母のノートのあの最後の頁に、しおりのように、挟んだ。
「お父様は嘘の鑑定書をお書きになりましたの。『うちの長女には、値がつかない』という、鑑定書を。——でしたら、いずれ目の前で再鑑定してさしあげなければ」
石は、嘘をつかない。けれど、人は、つく。つき続けると、やがて自分の嘘しか視えなくなる。
(お父様にも、いつか視えるようになりますわ。——本物が、どちらだったのか)
怒りでは、なかった。これは、鑑定士の仕事の話だ。
*
試験前夜。工房では、ベンノが道具を検めてくれていた。
「ルーペは替えを二つ。光源用の蝋燭は、うちの白蝋だ。試験場の灯りは、信用するな」
「まあ。心強いこと」
「ふん。……お嬢。一つだけ、言っとく」
老親方は、煙管の先でこつんと作業台を叩いた。
「向こうの嬢ちゃんの『光』が何だろうと、お前さんは、お前さんの鑑定をしろ。光らせるのは、細工師の仕事。視るのが、鑑定士の仕事だ。——土俵を間違えるな」
「……ええ。肝に銘じますわ」
その夜遅く、ルキウスが鑑定室に顔を出した。手には、審査員の名簿。
「届いたぞ。……概ね、順当だ。鑑定院の主任鑑定士、エルネスト・ロッシュ。宮廷からは式部の老役人がふたり。それと」
彼は名簿の最後の一行を、指で示した。
「商業ギルド推薦人——ガレオン商会会頭、ドラート」
「ガレオン商会……不勉強ですわ。どのような?」
「安価な宝飾品の量産で、ここ十年で急に伸びた商会だ。庶民向けの市場では、もううちより大きい。会頭のドラートは——」
ルキウスは、珍しく、言葉を選んだ。
「——食えん男だ。一代で成り上がった。腕は確かで義理は薄い。誰の足も踏まずにあそこまで太った商人を、わたしは、信用しないことにしている」
「まあ。商人が商人を信用しないと」
「だから、生き残っている」
十日後の朝。王立鑑定院の門前は、見物の馬車で埋まった。
門をくぐるノエリアの視界の端、審査員席の最も奥にその男は、いた。
樽のような体躯に、仕立てのいい外套。指という指に、大ぶりの指輪。にこにこと誰にでも愛想のいい笑みを浮かべて——その目だけが、笑っていなかった。
値踏みの目。それも、石ではなく、人間に値をつける目が、まっすぐにノエリアを見ていた。
まるでずっと前から、彼女が来るのを知っていたかのように。
第1章、これにて幕。次章はいよいよ姉妹の公式対決「御用鑑定人試験」ですわ。
お父様の手紙は、破らずに取っておくのが令嬢流。そして審査員席には、笑っていない目がひとつ……。【ブックマーク】と【☆評価】で、試験会場の席をご予約くださいまし。




