第8話(続き)「観察者の条件」
男は、一歩、踏み出した。
床が軋む。
その音だけで、空気が重くなる。
「……止まれ。」
黒崎の声。
だが、男は止まらない。
視線が合う。
——違う。
人間の目じゃない。
焦点が合っていない。
それなのに、確実に“こちら”を見ている。
「……操られてる?」
美咲が呟く。
少年が、静かに否定する。
「違います。」
「これは“結果”です。」
次の瞬間。
男が、走った。
速い。
異常な加速。
黒崎が反応する。
ナイフを振る。
だが——
ガキンッ!!
弾かれた。
「なっ……!?」
男の腕。
皮膚が裂けている。
だが、その内側。
硬質な“何か”が見えた。
骨じゃない。
もっと、人工的な。
「強化……?」
私の声に、少年が答える。
「違います。」
「壊れた後の、人間です。」
男が再び突っ込む。
黒崎が後ろに跳ぶ。
その瞬間——
ドンッ!!
壁に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
速さが違う。
力が違う。
美咲が横から切り込む。
狙いは首。
だが。
男は、それを“見ずに”避けた。
「反応してない……?」
「違います。」
少年の声。
「最適化されています。」
次の瞬間。
男の腕が伸びる。
美咲の首元を掴む。
「——っ!」
持ち上げられる。
足が浮く。
「離せ!!」
私が飛び込む。
ナイフを突き立てる。
今度は、通った。
肉に沈む感触。
だが。
男は止まらない。
「痛覚が……」
「不要だからです。」
少年が言う。
黒崎が立ち上がる。
「チッ……化け物が……!」
そのとき。
カチッ。
また、音がした。
部屋のランプ。
赤から——
青に変わる。
「フェーズ移行です。」
少年が、そう言った。
男の動きが止まる。
ピタリと。
完全に。
そして。
ゆっくりと、こちらを見る。
今度は——
“全員”を。
「条件達成。」
少年の声。
「恐怖、攻撃、連携。」
「すべて確認しました。」
沈黙。
「……何が目的だ。」
黒崎が吐き捨てる。
少年は答える。
「選別です。」
その一言で。
背筋が冷える。
「壊れる人間と。」
「壊れない人間。」
「どちらが“次”に進めるか。」
美咲が、笑った。
だが、それはいつもの笑いじゃない。
「はは……」
「つまりさ——」
ナイフを握り直す。
「私たち、試されてるってわけ?」
少年は頷く。
「はい。」
そして。
静かに、こう言った。
「生き残った者だけが、“観察者”になります。」
——その瞬間。
理解してしまった。
三年前。
あの夜。
「……まさか……」
少年が、こちらを見る。
「そうです。」
「あなたたちは、一度“選ばれかけた”。」
空気が止まる。
「だから、もう一度です。」
男が、再び動き出す。
今度は——
さっきより、静かに。
確実に、“殺すための動き”で。
「第2試験、開始。」
その言葉と同時に。
灯りが、消えた。
完全な闇。
そして——
どこからか、誰かの声がした。
「……助けて……」
その声は。
三年前に、消えたはずの声だった。




