第9話「盲域」
闇。
完全な、闇。
視界が、消えた。
「……っ、ライト!」
黒崎の声。
だが、反応はない。
カチカチ、と何かを押す音だけが虚しく響く。
「点かない……!」
静寂。
呼吸の音だけが、やけに大きい。
「……ねえ。」
美咲の声。
すぐ近く。
「今の、聞いた?」
——助けて。
あの声。
忘れるはずがない。
「……あれは」
言いかけて、止まる。
違和感。
近すぎる。
「あのときは……もっと遠くから——」
「やめて。」
美咲が遮る。
「思い出させないで。」
その声が。
少しだけ、震えている。
ドンッ。
どこかで、何かがぶつかる音。
黒崎だ。
「チッ……どこだ……!」
手探りで動いている。
「動かない方がいいです。」
少年の声。
闇の中で、はっきりと聞こえる。
「視覚が遮断された状態では、人間は——」
「うるせえ!!」
黒崎が怒鳴る。
その瞬間。
ガッ!!
鈍い音。
「ぐっ……!」
息が詰まる音。
「黒崎!?」
反応はない。
代わりに。
ズルッ……
何かが引きずられる音。
「……ねえ。」
今度は、耳元。
美咲の声。
「今の……黒崎だよね?」
私は答えない。
答えられない。
そのとき。
——カツン。
すぐ後ろで、足音。
振り向く。
見えない。
だが。
“いる”。
「……誰だ。」
声が、かすれる。
返事はない。
代わりに。
スッ……
何かが、肩に触れた。
冷たい。
人の手じゃない。
反射的に振り払う。
空を切る。
いない。
「……ふざけんな……」
呼吸が乱れる。
そのとき。
パッ。
一瞬だけ、光が点いた。
部屋の隅。
青いランプ。
その一瞬で——見えた。
立っている。
黒崎が。
壁際に。
だが。
様子がおかしい。
動かない。
顔が、こちらを向いている。
目が。
合っているのに。
“中身がない”。
パチン。
光が消える。
闇が戻る。
「……今の、見た?」
美咲の声。
今度は、少し遠い。
「黒崎……」
そのとき。
「違います。」
少年の声。
「それはもう、“黒崎ではない”。」
凍る。
「……何をした。」
「何も。」
淡々とした声。
「彼は条件を満たしただけです。」
カツン。
足音。
今度は、はっきりと。
こちらに向かってくる。
一歩。
また一歩。
「……来る。」
ナイフを握る。
だが、見えない。
タイミングが分からない。
「人は、見えないものに最も弱い。」
少年の声。
「だから、補完する。」
「自分の中の“恐怖”で。」
次の瞬間。
——いた。
目の前。
黒崎。
いや。
“それ”。
ナイフを振る。
手応え。
だが。
止まらない。
「——ッ!!」
掴まれる。
腕。
異常な力。
そのとき。
「離せ!!」
美咲の声。
横から衝撃。
体が解放される。
二人で距離を取る。
「……ねえ。」
美咲が言う。
息が荒い。
「これさ。」
一瞬、間。
「本当に、“黒崎”なの?」
沈黙。
答えられない。
そのとき。
少年が、初めて少しだけ笑った。
「いい質問です。」
そして。
こう言った。
「では、追加します。」
カチッ。
どこかで、またスイッチの音。
「次の条件です。」
闇の中。
少年の声だけが、鮮明に響く。
「“誰か一人を、排除してください。”」
空気が止まる。
「制限時間は、五分。」
「できなければ——」
一拍。
「全員、失格です。」




