第10話「選択」
五分。
短すぎる。
だが——長い。
「……は?」
美咲の声。
乾いた笑いが混じる。
「ちょっと待って。」
「何それ。」
沈黙。
「誰か一人を、排除?」
黒い空間の中。
少年の声だけが、はっきりと響く。
「はい。」
「それが条件です。」
「ふざけんな!!」
美咲が叫ぶ。
「そんなの——」
言葉が止まる。
“できない”とは、言わない。
その一瞬の沈黙が。
すべてを物語っていた。
「残り、四分三十秒。」
「……っ」
呼吸が乱れる。
頭の中で、何かが回り始める。
合理。
生存。
選別。
——一人なら。
「……やめろ。」
自分に言う。
だが、止まらない。
「……ねえ。」
美咲が、静かに言う。
さっきまでの強さはない。
少しだけ、弱い声。
「もしさ。」
間。
「本当に、やらなきゃいけないなら——」
「やらない。」
即答した。
自分でも驚くくらい、早く。
沈黙。
「……なんで?」
美咲の声。
試すような響き。
「それをやったら。」
言葉を探す。
だが、うまく出てこない。
「……終わる気がする。」
それだけ言った。
少年が、少しだけ反応する。
「曖昧ですね。」
「ですが、それも一つの“傾向”です。」
「残り、三分。」
そのとき。
カツン。
また、足音。
“黒崎”が動いている。
闇の中で。
確実に、こちらを狙って。
「……あれは対象外なの?」
美咲が言う。
少年が答える。
「いいえ。」
「排除対象に制限はありません。」
その意味。
理解するのに、一瞬かかった。
「……つまり。」
「“あれ”を殺してもいいってこと?」
「はい。」
沈黙。
「……楽な方、用意してくれてんじゃん。」
美咲が、かすかに笑う。
「黒崎なら。」
「もう“人間じゃない”し。」
その言葉に。
違和感が走る。
「……待て。」
「本当にそうか?」
「は?」
「さっき、見ただろ。」
「動きが止まったとき。」
「……」
「あいつ、俺たちを“見てた”。」
沈黙。
「ただの化け物なら。」
「そんなこと、しない。」
そのとき。
「……っ」
すぐ近くで、息。
振り向く。
“いる”。
黒崎。
すぐ目の前。
見えないはずなのに。
分かる。
「……来るぞ。」
ナイフを構える。
その瞬間。
黒崎が、動いた。
だが。
——遅い。
明らかに、さっきより。
「……迷ってる?」
美咲が呟く。
その言葉に。
確信が走る。
「……まだ残ってる。」
「黒崎の意識が。」
沈黙。
そのとき。
少年が、初めて少しだけ声色を変えた。
「興味深い。」
「では、追加情報です。」
カチッ。
また、スイッチ。
「対象の内部には、元の人格が“残存”しています。」
「ただし。」
一拍。
「どの程度残っているかは、保証しません。」
空気が、張り詰める。
「……つまり。」
美咲が言う。
「まだ“助かる可能性”があるってこと?」
「はい。」
そして。
少年は、淡々と続けた。
「ですが、その場合。」
「制限時間内に排除が行われなければ——」
「全員、死亡します。」
沈黙。
残り時間。
「一分三十秒。」
選択。
殺すか。
信じるか。
私は、ナイフを握る。
そして——
一歩、前に出た。
「黒崎。」
呼びかける。
闇の中。
「聞こえてるなら——」
その瞬間。
黒崎の動きが、止まった。
完全に。
「……証明してみろ。」
「お前が、まだ“人間”だって。」
残り、六十秒。




