第8話 観察者の条件
第8話 観察者の条件
「ようやく気づきましたね。」
少年は、静かにそう言った。
部屋の入口に立ったまま、動かない。
ただ、こちらを見ている。
黒崎がすぐにナイフを構えた。
「動くな。」
低い声。
殺意が混じっている。
だが少年は微動だにしない。
「大丈夫ですよ。」
「今日は、まだ。」
その言葉に、美咲が小さく笑った。
「“まだ”って何?」
少年は少しだけ首を傾げた。
「段階の問題です。」
沈黙。
私は少年を見る。
三年前。
確かにこの家にいた。
あのとき。
あの夜。
——こいつは、何を見ていた?
「質問いいですか。」
少年が言った。
誰も答えない。
だが構わず続ける。
「どうして、殺したんですか?」
空気が凍る。
美咲が口を開く。
「……何の話?」
少年は言う。
「三年前です。」
「あなたたちが、人を壊した理由。」
黒崎が一歩前に出た。
「ふざけるな。」
だが少年は、黒崎を見ていない。
私を見ていた。
「あなたは、嘘を信じた。」
その言葉で、頭の奥が揺れる。
「あなたは、“裏切り”を与えられた。」
息が詰まる。
少年は次に美咲を見る。
「あなたは、疑った。」
「人を信じるより、壊す方を選んだ。」
美咲の笑顔が消える。
そして黒崎を見る。
「あなたは、正しいと思った。」
「だから殺した。」
沈黙。
少年は一歩だけ近づいた。
「全部、予想通りです。」
黒崎が動いた。
一気に間合いを詰める。
ナイフが閃く。
だが。
「遅いです。」
少年は横にずれた。
それだけで避ける。
無駄のない動き。
黒崎が舌打ちする。
「……何者だ。」
少年は答える。
「観察者です。」
それ以上は言わない。
美咲が言う。
「ねえ。」
「さっきから“実験”って言ってるけどさ。」
「何が目的なの?」
少年は少し考えた。
そして答えた。
「確認です。」
「何を。」
「人間の条件を。」
沈黙。
少年は静かに言った。
「どんな条件で、人は壊れるのか。」
風が吹いた。
窓の隙間から冷たい空気が入る。
「三年前は成功しました。」
少年は続ける。
「だから、次の段階です。」
私は聞く。
「次は何だ。」
少年は、ほんの少し笑った。
「観察対象同士を、ぶつける。」
その言葉の意味を理解する前に。
カチッ。
小さな音がした。
黒崎が振り向く。
「……何だ。」
部屋の隅。
小さなランプが点灯している。
録音機ではない。
別の装置。
赤い光が点滅する。
「……おい。」
美咲が言う。
次の瞬間。
バンッ!!
階下で大きな音がした。
何かが壊れる音。
続けて。
ドアを叩く音。
ドンッ! ドンッ!
誰かが外から入ろうとしている。
黒崎が階段の方を見る。
「来たか。」
少年は静かに言った。
「第二被験者です。」
沈黙。
「……は?」
美咲が言う。
少年は続ける。
「今回の実験は四人です。」
その言葉に、空気が凍る。
私たちは同時に気づいた。
四人目。
三年前の事件。
そして今。
ドンッ!!
玄関の扉が破られる音がした。
足音。
重い足音が階段を上がってくる。
一歩。
また一歩。
黒崎が構える。
美咲がナイフを握る。
私も動く。
そして。
階段の先に現れたのは——
見覚えのある顔だった。
三年前。
あの夜にいたはずのない人物。
「……なんで、お前が……」
その男は、ゆっくりと顔を上げた。
目は濁っている。
正気ではない。
少年の声が、静かに響く。
「実験開始です。」
その瞬間。
すべてが、壊れ始めた。




