#71 不穏な空気
今すぐ、食べたい。
まだ、駄目よ。
熟するまで、待って。
◆
ダダダダ!
地下通路を五十嵐が走る。
血相を変えて。
ぜぇ、ぜぇー…!
「どの男と一緒なのよ! 出口ちゃんはァ‼」
通り過ぎる在校生たちが、怪訝な表情を向けていた。
バタバタ!
「五十嵐君!」
そんな五十嵐のご乱心に、声をかける人もいた。
「!? あ゛ん゛」
その声主へと、ドスの効いた声を漏らす。
「ぁ」
仰天 白鳥。
4階のマニアコーナーの主任だ。
ぎょろりとした目は大きい。零れ落ちそうなくらいに。
「元気なのは息子だけでいいんじゃないの? 何を発情しているの?」
下世話なことを言うも、的を得ている。
「その顔からだと、嫁さんではなく、あの、えっと?? そうそうー」
「そいつの貞操の危機なんで! 失礼します‼」
バタバタ!
「貞操、ねぇ。男なのに、おかしな話しだねぇ」
クスクス。
「ねぇ。阿國さん」
◆
五十嵐が汗だくで浴場に着く。
「っはひ、はひ…!」
大きく息を吸う。
そして。
大きく、吐き出した。
「出口!? どこだァ‼ 出口ー~~っっ!?」
顔を大きく振り、浴場内を制服を着たまま進む。
途中で。
「きゃ~~‼」だの「うおおおお~~!?」だの。
声が飛び交った。
それは五十嵐の耳には届かない。
そんな五十嵐の耳に。
「ぁ…い、そこォ、いィー…」
聞き慣れた声が聞こえて来た。
「うめェ~~じゃ、ねぇ、ぁ、かよ…!」
ブツ!
声は混浴の浴槽から聞こえて来た。
声が響き渡っている。
ダダダダ!
「出口ちゃん‼」
「は?!」
女の姿の入江の後ろに蠢く姿があった。
しかも、入江の頬も赤くなっている。
「 -~~っっ‼」
無言で駆け寄る。
「出口から! 離れろ‼」
「っぎゃん!?」
五十嵐のかかと落としが、伍朗の脳天に炸裂した。
「!? 月代??」
意識を取り戻した五十嵐が、やちゃったという顔色になった。
「兄さー~~‼」
「…は?? 何、してんの、月代…っはァ??」
女の中に男が一人。
◆
「だから! 江頭のおっさんが来て、出口が男と一緒に居るぜってさー~~」
懸命に、五十嵐が入江に説明する。
だが。
「馬っっ鹿かよ‼ 俺が、どの男と一緒に居たって、アンタたちにゃあ関係ねェだろうが‼」
入江が言い返す。
「俺は男なんだぜ?? ったく、勘弁しろよな‼」
顔を横へと逸らした。
「…貞操の危機を、そろそろ感じてくんないと困るんだが」
「俺を押し倒す奴は、あの変態と五十嵐チーフぐらいだわ!」
ドキ!
すぐ横のメジロがビクつく。
「? メジロ、どうしたァ??」
そんなメジロに入江も声をかける。
「あ。五十嵐チーフー~~」
急に甘えた声を出す。
「?! ななな、何だよ! 急に‼」
「コーヒー牛乳飲みたいなァ~~そしたら、機嫌、治っちゃうかもよ~~?」
がっくり、と項垂れる。
「はいはい」
「よっしゃー!」と入江が笑う。
しかし、メジロに笑顔はない。
(本当に、可愛い奴だべ)
じっと入江を見ていた。
そんな妹に。
(まだ。食べ頃じゃあ、ねェべさ)
軽く伍朗が耳許で囁いた。
「兄さ」
「な?」
「んだな」
この兄妹は、獰猛な肉食。
その正体も、またーー獣人だった者。




