#64 記憶の欠片 ② 魔女の××
一体、何のための諍いが始まるのか。
社畜たちは、まだ、知らない。
◆
ばったーん!
「っつ!?」
強烈なアッパーを食らってしまった小林がノックアウトした。
「こ、小林さん??」
五十嵐も声をあげてしまう。
「っふん!」
入江は大きくふんぞり返った。
「いい気味だぜ」
「いやいや。それはないだろ~~う」
五十嵐がぼやく。
「小林さんは関係ないだろうがよ」
「関係なくはないだろう。そいつ」
「も、いいわ」
五十嵐が小林の肩に腕を回させ、起き上がらせ、歩かせる。
「このまま、事務所しかねぇかな」
ブツブツとぼやく。
「俺は行かねェかんな! 謝らねェし‼」
ギロリー…!
「ははは! …来るよな?!」
ドスの効いた声を五十嵐が吐き捨てた。
「…ふぁい」
それに従うほか道がない。
◆
『ぼくのなかにいる、きみはだれ?』
僕がそう彼女に聞いたのはいつだったろうか。
声は優しく、僕に語りかける。
恐らくは産まれてから、ずっと、僕の中に居たんだ。
絵里ちゃん、は。
もちろん、このときには名前なんかなかった。
『おなまえ、なんていうの?』
それなのに、僕ときたら。
ずっと聞いていた。
名前は何? って。
絵里は、その問いかけには応えなかった。
ただ、嗤っていた。
友達が居なかった僕にとって、唯一無二の友達。
決して、母親には教えられない。
秘密の友達。
なのに。
だったのに。
幼児だった僕はぽろり、と漏らしてしまった。
秘密なんて、バラないことの方が稀だろう。
『おかあさん! きょう、えりちゃんがーー…ぁ゛!』
口を抑えたときにはもう、後の祭りで。
僕を心配していた母親は、満面の笑顔になった。
友達の話しなんかしない、僕を心配していたんだ。
そんな子が友達の話しをしたらどうなる??
『どんな子なの?』『同じ幼稚園なの?』『遊びに来ないの?』
色々と面倒なことになったのは言わずとも、お分かり頂けるだろう。
そんなときだった。
(『ね。可愛いりっちゃん? 鉛筆を持ちような指の形にしてくれるかな』)
今となっては、それがーー僕にとっての、とっての初めての。
『うん!』
見下ろしていた母親が、膝を地面につけ、僕に視線を合わせた。
母親はいい人だ。大好きだし。
父親が居ない分、頑張っていたし、頑張り過ぎてもいた。
キラキラー…。
(『一緒に唱えて、りっちゃんなら出来るはずよ』)
魔法、とは。
魔女のみが許された禁忌。
どんな魔物も、人間も使うことなかれ。
そんな言葉もあるらしい。
(『だって、りっちゃんは特別な子』)
絵里ちゃんの言葉通り。
僕はこのとき初めてーー魔法を母親にかけたんだ。
『えりのきおく! そのすべてを、おまえからっ』
母親はきょとんとしていた。
『ーーはくだつするッッ‼』
僕はーー魔女の子。
(『いい子』)
◆
パカ。
「ぇ、っと…入江君?? 五十嵐…チーフ、居るのか?」
視界は事務所の中だった。
バックヤードに居たはずなのに。
「あ、たたた…っつ! あの馬鹿‼」
小林は顎を抑えた。
しーー…ん。
「? 誰も、居ないの? 誰、も」
しーー…ん。
「絵里、ちゃん…も、か」
しーー…ん。
小林の口が塞がった。
「そっか……うん、そっか」
そう言うと大きく腕を伸ばして、立ち上がった。
「お仕置きに行こうじゃないの」
「あ゛? 誰にだよ」
ガチャリ。
事務所の扉が開くと、そこには露骨に嫌そうな顔をする彼が居た。
「入江君」
「仕事しろよな」
「…君に言われたらおしまいだわ」
「あー~~主任、起きたっスか~~」
「五十嵐君も居たの」
「酷い言われようwwwww」
口は悪かったが。
小林は満面の笑顔だった。




