#34 運のいい脱出劇
小さなシミのような黒が、心を蝕んばんでいく。
◆
ザシュ!
「っちょ! アンタさァ~~本当にさァ~~‼」
入江が持っていた人形を盾に使う。しかし、無常にも。
バササ‼
熊のぬいぐるの首が飛んだ。綿はボトボトと地面に落ちる。
「! マヂかよォ‼」
「残念です。とても、とても残念です」
「残念じゃあねェんだよ‼ 馬鹿女ッッ!」
ハサミが投げられる。なのに、手元にはハサミがある。
「どっから出してんだよ! その凶器‼」
「アナタには関係はありませんよね」
「アンタの馬鹿男とも関係なんか持ってねェっつ~~の! あんときゃァ、俺も立派な男でーー……」
入江は近くにあったガチャガチャの空カプセルを、平子に向かい投げつける。昨日から捨てられていなかったため、かなり《玉》がある。
そのかごを抱きかかえる。
シュッ! シュッ! シュュッッ‼
「正気に戻れ! クソ女ッッ‼」
パキン! ガチャン! ガッチャンッッ‼
投げられるカプセルをハサミで弾き飛ばす、そして、割る。
「正気? 男のときからたぶらかせていたじゃないですか」
「っはァ?!」
「……キスしようとされていたじゃないでか」
「! あれはだなァ~~ッ! アンタの馬鹿男が~~」
入江の顔が真っ赤に染まる。否定が出来ない。
真っ黒な歴史。巷では《黒歴史》と呼ぶ。
19歳になって、このことが一番の後悔だ。
「っくそったれが‼」
◆
浦飯の背中が遠い。
「歩くの速いな!」
「ありゃあ。絶対、何か居ますわ」
五十嵐がほくそくむ。
「……楽しそうだな」
「そろそろ。暴れたくてウズウズしてるんスよ」
「じゃあ、僕に構わずに行ってもいいよ。君、足は速いでしょ」
「陸上やってましたからね、長距離走の」
足を伸ばし、軽い準備運動をする。
「じゃあ、すぐに戻ります」
「うん。当たり前だろうが」
ふふふ、と微笑むと五十嵐は凶暴な表情を浮かべ走り出した。
「ったく。喧嘩馬鹿の体力馬鹿のコンボ。結局、馬鹿か」
小林が走っていた足を休ませた。
『ね。りっちゃん、上にーー何か居るよ』
「……はい。居ます」
『どうする? どっしょうかぁ~~?!』
「まだ、泳がせます」
『っそ。つまんないなぁ』
耳の中の声。それは耳鳴り。
「どいつも、こいつも。僕をほっとけよ」
大人の女性の声。会ったことはない。
実体もない。
気がつけば、彼女は耳の中にいた。いや、脳の中なのか。
彼女に名前をつけたーー絵里ちゃん、と。
「……入江、早く来いよ」
小林は顔を宙に上げた。そして、息つく。
◆
「のァ! っと、とりゃァ~~~~~ッッ!」
「無駄ですよ。無駄、無駄」
「こんのォ~~~~~ッッ‼」
広いフロアー内を走り回ると、飲みかけのジュースのペットボトルが転がっていた。思わず、入江も拾ってしまう。飲むつもりはないが。
無意識に、手に取ってしまった。
そして、目の前には本物の木が生えた小さな庭があった。
ハッ!
入江がポケットの上がなぞる。
「よっしゃ!」
そして慌てて、取り出したのは《標識調》の種。
後ろを見ると、平子も迫って来ている。
ポイ!
「‼ 何でですか?!」
入江の放ったものに平子の目が大きく見開かれた。
その様子に入江も微笑む。
「死ねよ! 馬鹿女‼」
キュ、バチャバチャ‼
すると、《標識調》が勢いよく生えた。
バキバキバキーー……!
「じゃあな!」
緑色
緑色
緑色
⇒緑色
「出口ぃいいィイィイィイィイぃぃぃぃッッ‼‼」
平子の絶叫が木霊した。




