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ですが麗しい侯爵様、媚薬づくりは犯罪です~今更『愛してる』と言われましても~  作者: 飴家なつめ(旧:雨屋飴時)


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7

 

 近づいてきた憧れていた大好きな美しい顔。

 そして……


 びだんっ!


 わたしは思いっきり、アーレイン様の頬をひっぱたいた。


 ◆◆◆


「がっかりだわ!」

「……え?」


 頬をおさえ、床に転がったアーレイン様は、あっけにとられたような顔でわたしを見上げていた。乱れた金髪。抑えた指の隙間からは、赤い手形が浮かんでいる。


 それを見てもなお、荒くなった鼻息は収まらない。

 叩いた衝撃で、じん、と痺れた右手。

 もうやめろと思うのに、口だけは止まらない。


「麗しいのはお顔だけだったのですね。

 女性に薬を盛った上、キスに応じようとするなんて……!」


 言いながら、唇に触れたアーレイン様の吐息を思い出す。

 怒っているのに、果実を頬張ったような甘美が胸にこみ上げる。それがまた、腹立たしい。

 迫ったのはわたしだけど。そんなの薬を盛られているのだから仕方ない。


 薬の試作段階で、実験のため何度か自分でも服用した。

 体が熱くなると同時に、胸の奥から湧くじわりとした自信。期待。高鳴り。


 お茶を飲んで、同じ症状が出て、まさかと思った。


 確信できなかったのは、体が熱くなるのも、高鳴りも、アーレイン様の前では平常運転だったからだ。


 それに――信用していた。

 この人は、女性に媚薬を盛る人なんかじゃないって。


「幻滅しました。

 けれど、あなたは自分で薬を盛ったと自白した。

 まだ許せる余地があったのに…まさかこれに乗じてキキキキキスしようとするなんて……!」


 目を白黒させながら、アーレイン様が呟く。


「き……君は媚薬を飲んだのでは……」


「媚薬づくりは犯罪ですよ。そんなの作るわけないじゃないですか。

 それは、わたしが今回開発した、精神高揚剤です」

「精神……高揚剤……?」

「はい。アーレイン様、おっしゃっていましたよね。媚薬が欲しいのは『デートに誘いたいからだ』と。

 その時点で、相手に飲ませるものではないのかもしれないと考えました。

 なので、媚薬ではなく、不安や恐れのような感情を抑える効能の薬を作ることにしたんです。元からある感情を、素直に伝えられるように調整して。

 ですが――まさかこんなことをするなんて……」


 そう。だから、この怒りも、とけてしまいそうになる気持ちも、本物は本物だった。

「………リセ、俺は」

「言い訳なんて、聞きたくありません。

 というか、相手がわたしって……これだけ一緒の時間を過ごしてきたのよ。

 デートに誘うくらい、薬に頼らなきゃできなかったわけ?」


 涙が出そうになる。

 お茶を飲んで、焼き菓子を食べて、たわいもない話で笑いあって。

 店内でのひと時を幸せだと思っていたのは、わたしだけではなかったのだ。


 アーレイン様も、あの時間を大切に想ってくれていたのに。


「俺は……」


 今更何を言いよどむのか、アーレイン様は情けなく首を振る。

 青く染まっていく顔をみていると、どんどん苛々が募っていく。


「もう、さっさと立てよ! 

 顔だけ麗しいうじ虫野郎! 逃げ腰弱虫根性なし!」


 どこから出て来たのか分からない言葉たちが口から飛び出す。

 だって仕方ないじゃない。

 精神高揚剤を飲んでいるんだもの。


「はーぁっ…はーあっ…」


 溢れる怒りを排出するように息を吐く。

 見上げて来る、怯えきった青灰の瞳。


 ああ、そんな目でわたしを見るなんて――なんて勝手なの?

 わたしにこれを飲ませたのは、あんただっていうのに、


「おいこら、被害者面してんなよ。お前は加害者だろうが!

 ぼーっとすんな! さっさとわたしの前からいなくなれ!」

「ぐっ……」


 すっかり腰の抜けているアーレインの首根っこを無理やり引っ張り上げ、店前にどーんと放り投げる。

 貴族街は幸いにも人影はまばらだった。

 ただ、少し離れた場所に停められた馬車の御者が、わたしを見てあんぐりと口を開けている。

 やば。と思ったが、もちろん言動は止まらない。


「アーレイン!」

「はい!」


 石畳にへたりこんだまま、叱られた子どものようにアーレインが返事する。

 それでも、彼はやっぱり麗しい。

 ああ。


「何が残念ってな、お前が普通にデートに誘ってくれたら、わたしは喜んで行ってたんだよ!」

「え……」


 呆けたようにわたしを見つめるその瞳には、期待と絶望と後悔と。たくさんの色が映った気がした。


「リセ……本当に、すまなかった。

 謝っても許してもらえないのは分かっている。

 でも、本当に……俺は……リセと――」

「もう遅ぃいいいい!」

「ぐがぁっ……!」


 わたしの繰り出した拳が、アーレインの鳩尾にヒットする。


 今更何を言うつもりなのだ。

 そんなもの、そんなもの……!


「薬を盛ったお前と、誰がデートなんて行くか! バーカバーカ!」


 ばたん、わざと音を立ててドアを閉める。鍵をかけて、背中を扉へ預けた。

 興奮はまだ冷めやらない。

 少し、薬の効果が出すぎているかもしれない。

 

 あんなに麗しい侯爵様。

 大好きだった、侯爵様。

 でも、最低野郎だわ。


 目が熱くなる。

 それも全部全部、精神高揚剤のせいだ。



読んでくださってありがとうございます。

次回で完結。

最後までお付き合いいただけましたら嬉しいです。

よろしくお願いします。

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