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「……っ」
今、自分が考えたことに寒気が走る。
薬は、自分で飲むために依頼したのだ。
決してリセに飲ませる為じゃない。
リセも言っていたではないか。
合意なく飲まされ、被害に遭う令嬢も多い、と。
乗り気じゃない彼女がそれでも引き受けてくれたのは、俺への信頼があるから
小瓶に、手を伸ばす。
その奥に、紅茶の入ったリセのカップがやけにちらついた。
リセは俺に背中を向けている。
その隙間から、ノアが顔を覗かせるのが鬱陶しい。
いや。
何を考えているんだ。
だめだ。絶対に。
これまで、少しずつ培ってきた関係が壊れてしまう。
予定通り、俺が飲めばいいだけだ。
飲んで、勇気を得て、リセに告白する。
叶わなくてもいいのだ。
言わずに後悔するより、言って後悔する方がいいのだから。
――本当に叶わなくていいのか?
「!」
水面に広がる波紋のように、胸の奥底で声が響いた。
止まない思考という名の雑音を、遠く退けるほどに昏く、甘い声。
首を振るのに、その声に囁かれるまま、震える手で小瓶の蓋を開ける。
いや、匂いを確認するだけだ。それだけ。
鼻に小瓶の口を近づける。
すっきりとした花の香りがするが、ほんのわずかだ。
――これなら、こっそり入れても、気づかれない。
「っ」
違う。
俺が飲む為に頼んだのだ。
二つの思考が脳で交差する。
リセとノアは、まだ楽しそうに話をしていた。
弾んだ声。
リセは、ノアが好きなんだろうか。
告白しても、無駄なんだろうか。
もし、リセがこれを飲んだなら、一時でも俺を見てくれるだろうか。
「!」
いや、何を考えているんだ、俺は。
媚薬を飲ませた上の言動など、リセの本心じゃない。
それに、なんの意味がある。
「っ……」
ノアが、玄関へ足を向けるのが見えた。その彼を追って、リセが見送る。
二人とも、俺に背を向けていた。
――ほら。入れるチャンスは、今しかないぞ。
昏い声が、囁く。
脳で、心で、耳元で。
どくんどくんと鼓動がなる。
鼓動に合わせて、小瓶を持つ指が震えていた。
きっと、俺は今恐ろしい目でリセの背中を見つめている。
手の中にある小さな瓶が、やけに重く、存在感を増していた。
早く、こっちを向くんだ、リセ。
手遅れになる前に。
そうでなければ、俺は――
それをしたら、リセの俺への信頼は。好意は。この想いは。
もう叶わないのに。
――告白したとて、想いはどうせ叶わないのではないか?
それでもいいんだ。
ただ、俺はこの想いを伝えるだけで。
手に、汗が滲む。
リセのカップに、手が伸びる。
小瓶を、少し傾ける。
そうすれば、一滴。
ちょぽん。
それは、お茶に波紋を残した。
ざわり、と猛烈な罪悪感が胸を襲う。
何をやっているのだ、俺は。
早く、これを捨てなければ。
いや、むしろそれを俺が飲めば――
「――アーレイン様、お待たせいたしました。
申し訳ありません。鍵は閉めたので、もう大丈夫ですわ」
「……っ」
喉がひっついて、上手く声が出ない。
「アーレイン様。顔が真っ青ですよ、大丈夫ですか?
どうぞ、お茶を飲んでください。
ああ、わたしも喉が渇いてしまいました」
リセの手が、何の疑いもなくカップに伸びる。
「あ、待――!」
最後に残った浅ましい良心が、リセを止める。けれど、間に合わない。
リセは、あっさりと。
そのお茶を飲んでしまった。




