4
媚薬の再依頼をしてから一カ月。
薬が用意できたというリセからの知らせを受け、俺は馬車を走らせていた。
やっとだ、と心がはやる。
リセと出会ったのは、俺が初めての高熱に苦しんでいた時のことだ。
三十七度八分。
喉の痛みで食事さえできず床に臥せていた俺を救ったのは、リセの懇切丁寧な看病と、持ってきてくれた薬だった。
俺がリセの店に通うようになってから四カ月。
老若男女問わず、どんな客にもリセは丁寧であたたかかった。
そんな彼女の姿に、俺はますます惹かれていった。
けれど――告白する勇気が出ない。
今までたくさんの令嬢からの告白や誘いを受けてきた。
が、自分から誘ったことは一度もなかった。
自分の想いを伝えることが、こんなに恐ろしいとは思わなかった。
デートさえ、断られるのが怖くて誘えない。
そこで思いついたのが――媚薬だ。
リセに飲ませるのではない。
飲むのは、俺だ。
媚薬は恋愛感情を錯覚させる効果があるらしいが、すでにリセを好いている自分には関係ない。ただ、不安や恐怖を抑えてくれる効能があるというところが魅力だった。
恐怖を忘れ、リセに想いを伝えられるのなら、なんでもいい。
問題は、依頼をリセが受けてくれるかどうかだった。媚薬作りの依頼なんて、即座に断るのが普通だろうから。よほど信頼している相手でもない限りは。
――依頼人は誰ですか。どうして必要なのです。
警戒を覗かせて言った彼女は、違う形ででも引き受けてくれた。
少しは、脈があると思ってもいいだろうか。
薬局の扉を開けると、からんころん、と鐘が鳴る。
「あ、アーレイン様。いらっしゃいませ」
リセが店のカウンターから俺に笑顔を向けてくれる。
「準備いたしますので、少しそこにかけてお待ちいただけますか?」
「ああ」
指された奥のテーブル席には、いつものように赤いアネモネの花が飾られていた。
整えられた店内には、薬の他にお茶や薬草、ハーブなども置かれていた。眺めているには飽きない。
「お待たせ致しました」
午前中の部が終わり、玄関にはクローズの看板を下げたらしい。
誰もいない店内。ティーセットを持ったリセが、俺の前に座る。
そして――小指サイズほどの茶色い小瓶を取り出した。
「これが、頼まれていた薬です」
コトン、と目の前にそれが置かれる。
これが、媚薬。いや、それに近いものということだろう。
「リセ、ありがとう」
「とんでもございません、アーレイン様。
一滴で効果はあります。ただ、持続時間は十分ほどしか……」
「いや、充分だ」
十分もあれば、告白するには事足りる。
「それで、この薬の効能についてですが――」
リセが、こちらに少し身を乗り出す。
唇が開いた、その瞬間。
からんころん、と玄関の鐘が鳴った。
「リセー!」
現れたのは、ノアと呼ばれたあの幼馴染。
調べによると、リセと同じ医師家系の次男らしい。
「っアーレイン様。申し訳ありません。少しお待ち頂けますか?」
「っああ……」
頷くと、リセはぺこり、と頭を下げて、灰髪の青年の方へ駆けていく。
「ちょっと、ノア!こっちはまだ話中なの。もう帰って!」
「ええ? ちょっと喉が痛くて薬貰いにきたのに。話中って何――あ」
リセの視線を追って俺を見た彼の瞳が、一瞬不愉快そうに歪んだ。しかしすぐ、取り繕うように口元だけで笑みを浮かべる。
「……申し訳ありません、アーレイン侯爵。いらっしゃっているとは思わず」
「いや」
ノアがちらりとリセへ目線を送る。その口がこそこそと何かを呟けば、「そんなんじゃないって!」とリセがノアの頭をはたいた。玄関へ追いやるように背中を押す。
「とにかく、もう帰ってよ」
よく聞こえないが、その距離感を見ていれば分かる。
いかに二人が親しいかということが。
みぞおちのあたりが冷え込んで、ぐ、と拳に力が入った。
あの日――最初に彼と目が合った時も、違和感はあった。
俺を見る怪訝な目。
今も、リセとの言い合いの間に、ちらちら俺を気にしている。
やはり、か。あの男も……
妙に近いリセとの距離。目線。
そのすべてに、リセへの想いを感じる。
懸念が、少しずつ確信へと変わる。
あの男も、リセを――
「まあいいや。この間の店、今度はパスタが食べたいって言ってたから誘いに来たんだ。また行こうぜ」
「ええ、ありがとう」
聞こえた彼の言葉に、どくん、と鼓動が鳴った。
また? 今、『また』と言ったか。
二人はよく食事に行っているのだろうか。
二人は幼馴染。それくらい、あってもおかしくない。
ただ、リセはノアの気持ちに気づいていないのだろう。
あはは、とリセが楽しそうに笑っている。
微笑んでくれることはあっても、リセが俺にからからと笑ってくれたことはなかった。
ぎゅ、と心臓が痛む。
リセは、俺を少しは好いてくれていると思っていた。
俺のうぬぼれだったのだろうか?
告白しても、意味はないんだろうか。
目の前に置かれた、小瓶。
媚薬に似た効能の、俺が飲むつもりの、それ。
もし、これをリセに飲ませたら――




