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姿勢をただし、頭を下げる。
「ア、アーレイン侯爵。どうしてここに……」
「リセに用があってきたのだ」
アーレイン様の視線が、わたしへ向く。
ノアの、気遣うような視線。下級貴族は見下されることもあるから、心配してくれているのだろう。
頷いて微笑み返したが、それでもノアの目は戸惑うように彷徨った。
「…そう、ですか。では、俺は失礼いたします。リセ、また」
一瞬こちらを振り返り、小さく手を振って、ノアは店の外へ出る。
ぱたん。
扉が閉まってしまうと、店内はしん、と静かになった。
時計の秒針の動く音が、やけに大きく聞こえる。
「お、お待ちしておりました、アーレイン様。あの、お茶をお持ちします。席に座ってお待ちいただけますか」
いつものテーブル席に、今日は赤いアネモネの花を置いていた。
なんだか重たい空気に耐えられずに声をかけたが、アーレイン様は、顔を俯けたまま動かない。
「アーレイン様?」
「……あれは、誰だ?」
「あ、幼馴染のノアと申します。すぐ近くで働いているので、時々ごはんに誘ってくれて」
「……それだけか?」
「は、はい。それ以上、何も」
「……そうか」
アーレイン様は小さく呟くと、のそりといつもの席に着く。
え。
え。
え!?
まさか、妬いてくださったとか?
いや、そんなわけない。思い違いにもほどがある。
でも……
勝手にときめく胸を収めながら、アーレイン様へお茶を差し出す。
アーレイン様は腕を組み、じっと何か考えているようだった。
「何か、お悩みですか」
わたしが正面の椅子に座ると、机へ向いていたアーレイン様の顔が上がり、じっとわたしを見つめた。やがて、迷うように瞳がそれる。
「どうしたのですか。もしよろしければ、お聞かせください」
「リセ……」
アーレイン様は決意したように、唇を開く。
「以前話した、媚薬の件。やはり、受けてもらえないだろうか」
「え……」
すでに遠ざかったと思っていた依頼の、思いもしない再要請に、わたしは持っていたカップを落としかけた。
◆◆◆
「アーレイン様。以前も言いましたが、媚薬作りをお受けすることは――」
「媚薬でなくていい。似たもので構わないから、どうにかならないか」
アーレイン様が、すがるようにわたしを見つめる。
必死な様子に、思わず言葉が詰まった。
「答えられる範囲で構いませんが、媚薬は誰が必要としているのですか?」
「………とある貴族、だ」
「媚薬なんて物騒なもの、どうして必要なのでしょう」
「物騒?」
「はい。媚薬や惚れ薬の類が禁止されているのは、合意なく飲まされ、被害者が多く出たためで……」
薬を盛られた人は、意志とは関係なく相手のものにされてしまう。
「ち、違う! そんなことは考えていない……!
慕っている人がいて、デートに誘いたいから……と、言っていた」
…………は?
「どういうことですか?
確かに、媚薬は恋愛感情を錯覚させるものですから、使えばデートに応えてもらいやすくはなるかもしれません。
ですが、それだけの為にわざわざ媚薬を使うなんて、リスクがあまりにも大きすぎるような」
「……その……媚薬は不安や恐怖を抑制するのだろう?」
「まあ、そうですが……」
胸がざわざわする。
慕っている令嬢?
デートに誘えない?
高貴な方からの依頼かと思っていた。
けれど、薬を欲しているのは、実はアーレイン様本人……?
いや、憶測はよくない。
でも……
爪に糸がひっかかったような居心地の悪さと小さな痛みに、思わず自身の腕を組む。
もし、媚薬が必要なのがアーレイン様だとしたら、令嬢を悪いようにするとは思えない。思えないが……
考えて、ふと思い立つ。
まさか。
「……分かりました。不安を抑制するようなものが必要なのですよね。その目的に沿えるものなら、ご用意できるかもしれません」
「本当か!」
立ち上がったアーレイン様は嬉しそうで、邪な思いがあるようには見えない。
仕方ないな、と息をつく。
「はい。できましたら連絡いたしますので、少しお日にちをください」
「もちろんだ。ありがとう」
アーレイン様は、きっと誰かに薬を盛るつもりじゃない。
そう思ったから、引き受けるんだもの。
恐らく、アーレイン様が媚薬をほしがる目的は――




