第九話 やっぱり、ぴったりお似合いです
舞踏会当日。
メルティナは、自らデザインしたドレスに身を包み、控えの間で最後の身支度を整えていた。
淡い水色の生地に、裾へ向かって色を濃くする染めの技法を取り入れた一着。フェリオンから学んだ技法と、幼い頃から見てきた職人たちの手仕事、その両方を注ぎ込んだ、まぎれもない自分自身の集大成だった。
鏡に映る自分を見つめながら、メルティナは静かに深呼吸をする。
緊張しているのはドレスのことだけではなかった。今日、あの人はどんな顔をして現れるだろうか。自分がデザインした礼服を纏った姿を、これから初めて目にすることになる。
控えの間の扉が開く音がした。
「メルティナ、支度は――」
振り返った先に立っていたのは、深い藍色の礼服に身を包んだフェリオンだった。
「きゃーっ」
思わず声が出た。想像していた以上に、その姿は美しかった。
「――!?」
突然の歓声に、フェリオンが目を丸くする。
メルティナは弾かれたように駆け寄り、彼の周りをぐるりと一周した。
「やっぱりぴったりお似合いです」
「あ……」
「ここの切り替え入れて、正解でしたね。ボディラインが綺麗に出て、さらに足長効果抜群です」
興奮気味にまくし立てるメルティナに対し、フェリオンはどこか気圧されたように一歩後ずさった。
「こういうの一度着てほしかったんですよね」
「お……おう」
いつもは涼しい顔で場を仕切る彼が、こんなにもたじろいでいる姿を見るのは初めてだった。メルティナは、その様子に気づかないまま、なおも上機嫌で礼服の裾を整えたり、彼の襟元を直したりしている。
完全に、デザイナーの視点になっていた。
◇◇◇
会場に足を踏み入れた瞬間、周囲の空気がざわりと動いた。
肩を並べて歩く二人に、あちこちから視線が集まる。メルティナはその気配に気づき、小さく首を傾げた。
「何だか視線を感じませんか」
「ああ、感じるな」
「やっぱりそうですよね」
メルティナは満足げに頷いた。
自分がデザインした礼服が、これほどまでに人目を引いている。その事実に、誇らしさで胸がいっぱいになる。長年、服飾に打ち込んできたことが、初めて明確な形で報われた気がした。
だがフェリオンは、どこか複雑な表情を浮かべたまま、視線を泳がせていた。
「……多分、違うぞ?」
「え?」
メルティナは、その言葉の意味が分からず瞬きをした。
周囲の視線は、確かに礼服の意匠にも向けられていた。だがそれ以上に――淡い水色のドレスを纏い、頬を上気させ、いきいきとした表情で歩くメルティナ自身に、視線が吸い寄せられていることに、当の本人だけがまるで気づいていなかった。
「私、何かおかしいですか?」
「……いや」
フェリオンは小さくかぶりを振ると、それ以上は何も言わなかった。ただ、その口元には、隠しきれない苦笑いが浮かんでいた。
「気にするな。ただ――」
「ただ?」
「今日は、覚悟しておいた方がいい」
「覚悟、ですか?」
意味の分からないまま首を傾げるメルティナの手を、フェリオンはそっとエスコートするように取った。
「行こうか。せっかくの舞踏会だ」
その手の温かさに、メルティナは疑問を一旦脇に置いて、素直に頷いた。
会場の中央へと進む二人の姿を、シャンデリアの光が惜しみなく照らしていた。




