第八話 私のデザインした礼服を、着ていただけないでしょうか
工房の一角を片付けて作られた即席の舞踏室で、メルティナはようやく一曲を踊り終えたところだった。
息を弾ませながらフェリオンの手を離すと、彼は満足げに頷いた。
「うん。これなら、次の舞踏会で大丈夫だな」
「?」
「ダンスだよ」
フェリオンは苦笑いを浮かべながら続けた。
「――最初は俺の足が腫れ上がるかと思うくらい踏まれたが、ずいぶん上達した」
「あ、ありがとうございます」
メルティナは頬を染めながら頭を下げた。あの頃を思い出すと、恥ずかしさで居たたまれなくなる。それでも根気よく付き合ってくれたフェリオンには、感謝しかなかった。
息を整えながら、メルティナはふと、机の引き出しにしまい込んでいたものを思い出した。
あの夜以来、少しずつ形にしてきた礼服のデザイン。生地選びから縫製まで、懇意にしている仕立屋に相談を重ね、ようやく完成にこぎ着けたものだった。
(渡すなら、今しかない)
メルティナは深呼吸を一つしてから、思い切って口を開いた。
「あ、あの!」
「どうした?」
「つ、次の舞踏会に一緒に参加して頂けないでしょうかっ」
「? どうした、改まって? もちろん、参加するが」
フェリオンは怪訝そうに首を傾げながらも、あっさりと頷く。当然のことのように了承されて、メルティナはかえって言葉に詰まった。
「ええっと……」
「?」
メルティナは俯いたまま、指先をもじもじと絡ませた。心臓が、耳の奥で聞こえるくらい大きく音を立てている。
「……私のデザインした礼服を、着ていただけないでしょうか」
言い切った瞬間、頭のてっぺんまで熱くなるのを感じた。
フェリオンは、一瞬だけ目を丸くした。
「――! とうとう完成したか! もちろん、着せてもらうよ!」
そこまで言ってから、ふと言葉を止める。
「――って、礼服?」
その反応に、メルティナは急に不安になった。
ドレス姿のフェリオンしか、これまで社交の場では見たことがない。彼が心から望んでいるのは、やはりドレスの方なのではないか。自分の勝手な思い込みで、無理を言っているのではないか――そんな考えが、次々と頭をよぎる。
「やっぱり、ドレスの方がいいですか?」
メルティナは、無意識のうちに上目遣いでフェリオンを見上げていた。
フェリオンは、その視線を受けて、なぜか一瞬言葉に詰まったように見えた。
「え? ああ……いや、礼服、着させてもらうよ!」
少し早口気味の返事に、メルティナはぱっと表情を明るくした。
「わわ、ありがとうございますっ」
嬉しさのあまり、思わず声が弾む。
その様子を見つめるフェリオンは、いつもの余裕たっぷりな表情とは少し違って、どこか落ち着かない様子で視線を逸らしていた。
「……礼服、な」
小さく呟いたその声は、メルティナの耳には届かなかった。
◇◇◇
その日の夜、メルティナは自室でもう一度、完成した礼服の絵を眺めていた。
深紅の色が似合う彼のために選んだ、深い藍色の生地。銀糸の刺繍を控えめに施し、すらりとした立ち姿がより映えるように仕立てた丈の長い上着。
次の舞踏会で、あの人がこれを纏う。
その光景を想像するだけで、メルティナの胸は落ち着かないほど高鳴っていた。
(似合う、よね……きっと)
不安と期待が入り混じったまま、メルティナは絵を大切に胸に抱いた。あとは当日、この目でその答え合わせをするだけだった。




