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『悪役令嬢』は、婚約破棄された令嬢を拾いました  作者: ましろゆきな
第二章 令嬢教育編 

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第六話 地味だったのではなく、選ばなかっただけ

 その日、メルティナは屋敷に届いた一通の招待状を手に、ずっと黙り込んでいた。


 来月開かれる夜会への招待。差出人は、母の古い友人だという伯爵夫人だ。断る理由はない。むしろ、これまでのメルティナなら喜んで返事を書いていたはずだった。


 けれど今は、招待状を持つ手が、わずかに震えている。


「どうした」


 工房に顔を出したフェリオンが、その様子に気づいて声をかけた。


「……いえ」


「隠すな」


 メルティナはしばらく躊躇ってから、ぽつりと呟いた。


「また、笑われるんじゃないかと思って」


「笑われる?」


「以前の夜会で、噂されていたのを聞いたことがあるんです。オルシェイド家の娘は、地味で華がない、って」


 声が少しずつ小さくなっていく。


「今は、少しは見られる格好になったと思います。でも、中身は変わっていない気がして。着飾ったところで、結局はまた同じことを言われるんじゃないかって」


 フェリオンは何も言わず、しばらくメルティナを見つめていた。それから、椅子を引いて彼女の正面に腰を下ろす。


「聞くが」


「はい」


「君は、地味だったのか? それとも、地味であることを選んでいただけか?」


 メルティナは、その問いに戸惑った。


「……分かりません」


「なら、俺が教えてやる」


 フェリオンは腕を組み、真剣な眼差しでメルティナを見据えた。


「君は幼い頃から、実家に出入りする職人たちと親しくしてきたんだろう。生地の善し悪しも、意匠の流行も、人並み以上に見てきたはずだ。それは、興味のない人間にできることじゃない」


「それは、そうですが……」


「なのに、社交の場では地味な色ばかり選び、目立たないように、目立たないように過ごしてきた。なぜだと思う?」


 メルティナは答えられなかった。


「俺の予想を言おうか」


 フェリオンは静かに続けた。


「本当に好きなものを表に出して、それを否定されるのが怖かった。だから、最初から『どうでもいい格好』を選んで、傷つく余地を減らしていた。違うか?」


 心臓を、いきなり掴まれたような感覚がした。


 言われてみれば、その通りだった。婚約者に選ばれることが決まっていたあの頃から、メルティナは「気に入られること」よりも「嫌われないこと」ばかりを優先してきた。目立てば粗探しをされる。目立たなければ、少なくとも悪目立ちはしない。そういう計算が、いつからか当たり前になっていた。


「……図星、です」


 消え入りそうな声で認めた。


「地味だったんじゃない。地味でいることを、自分で選んでいた。それだけの話だ」


 フェリオンの声には、責めるような響きは一切なかった。ただ、事実を淡々と、けれど確かな温度を持って告げているだけだった。


「でも」


 フェリオンは続けた。


「選んでいただけなら、選び直せる」


「……選び直す」


「そうだ。誰かに笑われないために縮こまるんじゃなく、自分が本当に好きなものを選ぶ。その結果、誰かに何か言われたとしても――それは君が悪いわけじゃない。言う方が愚かなだけだ」


 メルティナは、招待状を持つ手にわずかに力を込めた。


「もし、また同じことを言われたら」


「その時は」


 フェリオンは肩をすくめ、いつもの皮肉げな笑みを浮かべた。


「俺が隣で、盛大に鼻で笑ってやる。安心しろ、その手の相手をあしらうのは得意分野だ」


 思わず、小さく笑いが漏れた。


「頼もしいんだか、物騒なんだか」


「両方だと言っただろう」


 メルティナは、手の中の招待状に、もう一度目を落とした。


 震えは、いつの間にか止まっていた。


 地味だったのではない。ただ、選ばなかっただけ。


 その言葉が、これまでの自分を縛っていた何かを、静かにほどいていくのをメルティナは感じていた。

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