第六話 地味だったのではなく、選ばなかっただけ
その日、メルティナは屋敷に届いた一通の招待状を手に、ずっと黙り込んでいた。
来月開かれる夜会への招待。差出人は、母の古い友人だという伯爵夫人だ。断る理由はない。むしろ、これまでのメルティナなら喜んで返事を書いていたはずだった。
けれど今は、招待状を持つ手が、わずかに震えている。
「どうした」
工房に顔を出したフェリオンが、その様子に気づいて声をかけた。
「……いえ」
「隠すな」
メルティナはしばらく躊躇ってから、ぽつりと呟いた。
「また、笑われるんじゃないかと思って」
「笑われる?」
「以前の夜会で、噂されていたのを聞いたことがあるんです。オルシェイド家の娘は、地味で華がない、って」
声が少しずつ小さくなっていく。
「今は、少しは見られる格好になったと思います。でも、中身は変わっていない気がして。着飾ったところで、結局はまた同じことを言われるんじゃないかって」
フェリオンは何も言わず、しばらくメルティナを見つめていた。それから、椅子を引いて彼女の正面に腰を下ろす。
「聞くが」
「はい」
「君は、地味だったのか? それとも、地味であることを選んでいただけか?」
メルティナは、その問いに戸惑った。
「……分かりません」
「なら、俺が教えてやる」
フェリオンは腕を組み、真剣な眼差しでメルティナを見据えた。
「君は幼い頃から、実家に出入りする職人たちと親しくしてきたんだろう。生地の善し悪しも、意匠の流行も、人並み以上に見てきたはずだ。それは、興味のない人間にできることじゃない」
「それは、そうですが……」
「なのに、社交の場では地味な色ばかり選び、目立たないように、目立たないように過ごしてきた。なぜだと思う?」
メルティナは答えられなかった。
「俺の予想を言おうか」
フェリオンは静かに続けた。
「本当に好きなものを表に出して、それを否定されるのが怖かった。だから、最初から『どうでもいい格好』を選んで、傷つく余地を減らしていた。違うか?」
心臓を、いきなり掴まれたような感覚がした。
言われてみれば、その通りだった。婚約者に選ばれることが決まっていたあの頃から、メルティナは「気に入られること」よりも「嫌われないこと」ばかりを優先してきた。目立てば粗探しをされる。目立たなければ、少なくとも悪目立ちはしない。そういう計算が、いつからか当たり前になっていた。
「……図星、です」
消え入りそうな声で認めた。
「地味だったんじゃない。地味でいることを、自分で選んでいた。それだけの話だ」
フェリオンの声には、責めるような響きは一切なかった。ただ、事実を淡々と、けれど確かな温度を持って告げているだけだった。
「でも」
フェリオンは続けた。
「選んでいただけなら、選び直せる」
「……選び直す」
「そうだ。誰かに笑われないために縮こまるんじゃなく、自分が本当に好きなものを選ぶ。その結果、誰かに何か言われたとしても――それは君が悪いわけじゃない。言う方が愚かなだけだ」
メルティナは、招待状を持つ手にわずかに力を込めた。
「もし、また同じことを言われたら」
「その時は」
フェリオンは肩をすくめ、いつもの皮肉げな笑みを浮かべた。
「俺が隣で、盛大に鼻で笑ってやる。安心しろ、その手の相手をあしらうのは得意分野だ」
思わず、小さく笑いが漏れた。
「頼もしいんだか、物騒なんだか」
「両方だと言っただろう」
メルティナは、手の中の招待状に、もう一度目を落とした。
震えは、いつの間にか止まっていた。
地味だったのではない。ただ、選ばなかっただけ。
その言葉が、これまでの自分を縛っていた何かを、静かにほどいていくのをメルティナは感じていた。




