第四話 両方選んだっていい
連日の採寸と試着が一段落した昼下がり、フェリオンはメルティナを連れて、公爵家別邸近くの菓子店を訪れていた。
「根を詰めすぎると、良いものも見えなくなる。息抜きも大事な作業のうちだ」
そう言って歩き出した彼の後を、メルティナは半信半疑で追いかけた格好だった。
店内には焼き菓子の甘い香りが漂い、ガラスケースの中には見たこともないような繊細な意匠の菓子が並んでいる。フェリオンは慣れた様子で店主と二言三言交わすと、二種類の菓子を指差した。
一つは、木苺のジャムを挟んだ淡い色合いの焼き菓子。もう一つは、蜂蜜と木の実を贅沢に使った、こっくりとした色の一品。
「さて、今日はどっちにする?」
メルティナは二つを見比べた。どちらも捨てがたい。木苺の爽やかさも、蜂蜜のこくのある甘さも、両方とも心惹かれる。
(え、選べない……)
少し考えて、少し悩んで、それでも決めきれずに、メルティナは正直な気持ちを口にした。
「両方、食べたいです!」
言ってしまってから、はしたなかっただろうかと頬が熱くなる。子爵令嬢として、こういう場でもっと控えめに振る舞うべきだったのではないか――そんな考えが一瞬頭をよぎった。
だがフェリオンは、しばらく言葉もなくメルティナを見つめたかと思うと、次の瞬間、堪えきれないというように吹き出した。
「ふっふふ、あーはっはっ!!」
「な、何ですか、笑うことないじゃないですか!」
「いや、悪い、悪い」
フェリオンは目尻に浮かんだ涙を拭いながら、まだ笑いの余韻を残した声で言った。
「そうくるとはな、予想外だ」
「……変、でしたか」
メルティナが不安げに尋ねると、フェリオンは首を振った。
「良くなってきたじゃないか」
「え?」
「うん。どちらかを選ばなきゃいけないわけじゃない。両方選んだっていいんだ」
その言葉は、菓子のことだけを言っているようには聞こえなかった。地味な色ばかりを選び、控えめであることばかりを選び、自分の本当の望みには蓋をして生きてきたメルティナにとって、それはひどく新鮮な響きを持っていた。
「……そう、なんですね」
「そうだとも。誰かに決められた枠の中で、我慢して一つだけ選ぶ必要なんてない」
フェリオンは店主に向かって、二種類の菓子をそれぞれ二人分ずつ包むよう伝える。メルティナはその横顔を、しばらくぼんやりと見つめていた。
包みを受け取り、店を出たところで、フェリオンがふと手を伸ばした。
「よくやった」
そう言って、何気ない仕草でメルティナの頭を撫でる。
「――っ」
メルティナは、一瞬にして頭の中が真っ白になるのを感じた。
褒められたことが嬉しいのか、それとも、こんな風に不意打ちで触れられたことに驚いているのか、自分でもよく分からない。ただ、顔が燃えるように熱くなっていくのだけは、はっきりと自覚できた。
視線を上げると、フェリオンは何事もなかったかのように、涼しい顔で歩き出そうとしている。あの美しい微笑みが、夕暮れの光の中でやけに眩しく見えた。
「あ、あの……」
「ん?」
「な、なんでも、ありません……」
メルティナは慌てて視線を逸らし、包みを抱え直しながら小走りに彼の後を追った。
胸の奥で、何かがとくとくと音を立てている。それが単なる驚きなのか、それとも別の何かの始まりなのか――メルティナ自身、まだ気づいていなかった。




