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『悪役令嬢』は、婚約破棄された令嬢を拾いました  作者: ましろゆきな
第二章 令嬢教育編 

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第三話 絶対に似合わない、なんて

 工房の壁一面に、色とりどりのドレスが並べられていた。


 深紅、群青、金糸で縁取られた象牙色――どれもメルティナがこれまでの人生で袖を通したことのない、華やかな色彩ばかりだ。


 その中でもひときわ目を引く一着を、フェリオンは迷いなく手に取った。


 鮮やかな薔薇色の生地に、繊細なレースが幾重にも重ねられたドレス。裾に向かうにつれて色が淡くなっていく染めの技法は、メルティナが見たこともないものだった。


「まずはこれから試してみようか」


「……え」


 差し出されたドレスを前に、メルティナは思わず一歩後ずさった。


「む、無理です!」


「無理?」


「こんな華やかなドレス、絶対似合いません!」


 声が裏返る。地味な色ばかりを選んで生きてきた自分に、こんな色彩が似合うはずがない。想像しただけで、頬が熱くなるのを感じた。


 フェリオンは、その反応を面白がるように片眉を上げる。


「絶対ねぇ。着たことあるの?」


「……いいえ」


 メルティナは目を伏せた。着たことがない。似合わないと決めつけているだけで、実際に鏡の前に立ったことすら、一度もなかった。


 フェリオンはドレスを掲げたまま、静かに、けれど確信を持った声で言った。


「こういうのは試してみないとわからないものだよ」


 そして、いつかの言葉をもう一度、まるで念を押すように繰り返す。


「たくさん見て、たくさん試して、自分に合うものを見つける。それが大切」


 メルティナは、その言葉に何も言い返せなかった。


 似合わない、と決めつけていたのは、他の誰でもない自分自身だった。ガゼルドに、家に、周囲の視線に――「地味であること」を求められ続けてきたから、それ以外の自分を想像することすら、いつの間にかやめてしまっていたのだ。


「……分かり、ました」


 震える声で、それだけ答える。


 フェリオンはふっと表情を緩めると、控えていた侍女に目配せをした。


「大丈夫、俺が見ている。似合わなかったら、正直にそう言うよ。似合っていたら、それも正直に言う」


「厳しいんですか、それとも優しいんですか……」


「両方だ」


 悪びれもせずそう言ってのけるフェリオンに、メルティナは思わず小さく笑ってしまった。ここ数日、笑うことすら忘れていたことに、その時初めて気がついた。


 衝立の向こうで着替えを終え、鏡の前に立つ。


 薔薇色の生地が、思っていたよりもずっと自然に自分の肌になじんでいることに、メルティナ自身が一番驚いていた。


「……あ」


 小さく声が漏れる。


 鏡の中に映っているのは、見慣れた地味な自分ではなかった。かといって、別人というわけでもない。ただ、これまで見えていなかった何かが、そこに確かにあった。


 衝立の向こうから、フェリオンの声がする。


「どうだ、まだ似合わないと思うか?」


 メルティナは、鏡の中の自分をもう一度見つめてから、小さく首を振った。


「……分かりません。でも」


「でも?」


「悪くない、気がします」


 その正直な感想に、衝立の向こうで小さく笑う気配がした。


「上出来だ」


 メルティナは、鏡の中の自分に、もう一度そっと目をやった。


 これまで一度も選んでこなかった色彩の中に立つ自分は、思っていたよりもずっと――嫌いではなかった。

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