⑦反省会?
「オルキス!ほんっとーにすまん!!」
パンッ!と、それだけで部屋の空気を振動させるほどの音を響かせながら、両手を顔の前で合わせたゼノがオルキスへと頭を下げた。
「あ、あの……僕は嬉し——」
「いや、あんた本当なにやってんの?」
オルキスの声に被せるように、聖女皇が煙管を吹かしながらため息をついた。
「舞踏会の直前まで、オルキスくんとあんたの間にある噂を消すって意気込んでたっしょ?なんで火に油注いでんのよ」
「だって、あのクソ王子にムカついたんだもん〜!」
「まぁ、あれは私もムカついたけどさぁ」
「でしょでしょ!?」
勇者とともに世界を救った、元聖女と騎士の会話である。
場所は、有那商会王都支部。その最上階にある最も高級かつ最も広い客室にて、革張りのソファに座った三名の男女と二匹の猫がわちゃわちゃと騒いでいた。
「あのクソ王子。恋人と上手くいってないって噂、ガセじゃないみたいだし?オルキスくんの美しさに一発KOされて、自分で断罪したの忘れて声をかけちゃったって感じかな?キッショ〜くたばれよ〜」
これも聖女皇の台詞である。正直オルキスも自分の目で見ていなければ、信じられなかっただろう。一応、顔合わせも事前に済ませて、舞踏会でのあれこれの段取りも打ち合わせ済みではあったのだが。白い法衣と白いヴェール、そしてその下の柔和な老婦人の顔を知っている身としては、目の前にあるギャップにただただ驚くしかなかった。
「そんであんたは、四十歳以上も年下の子を追っかけるジジイにジョブチェンジ、と。オルキスくんの年齢があと一歳でも若かったら、あの場で引っ叩いてたわ。良かったね、ギリ成人で」
煙管に詰めていた葉を灰皿の上でトンと叩いて落とした聖女皇リティシアが、「お茶ちょーだい」と茶虎猫に声をかけた。
「儂は別にどう思われてもかまわん。社交界に用もないしな」
「どーかねぇ。あんたの身なりや『真実(笑)』を知った貴族たちが、あんたやオルキスくんを放っておくとは思えないけど」
「かっこわらい、って実際に声に出すやつがおるのか」
「いますぅ〜。ていうか、あの作り話、普通に信じられててウケる」
オルキスとしては、聖女の考え方や性格はむしろ好ましいのだが、何しろ謎のエネルギーに満ちていて口を挟むことができない。
リティシアは、オルキスが生まれる前から大聖堂で聖女皇として神に祈りを捧げていた存在だ。本来なら、大神官や王家ほどの地位がなければ、同じテーブルにつくことさえできない相手である。しかし目の前の聖女皇リティシアは、茶虎猫からお茶とお菓子を気さくに受け取り「ありがとー!」と笑顔で頬張っていた。
その場でくるりと回転して白猫から人の姿になったウナローが、「ひとまず一件落着か?」とオルキスの肩を叩いた。
それは有那商会とリティシア、そしてゼノとオルキスによる、そこそこ強引な作戦だった。
まず王都に到着したオルキスとゼノは、有那商会が用意した屋敷に身を寄せた。
そして有那商会王都支部の総力を結集して、
①ゼノが王都にいる情報を流す係。
②大聖堂にいるリティシアと連絡を取る係。
③ゼノの城に、装飾品の材料を取りに行く係。
④オルキスとゼノの衣装を作る係。
⑤オルキスを磨く係。
の五つの班に分かれて、行動を開始。
その結果、
①王から舞踏会の招待状をゲット。
②リティシアからの全面協力を確約。
③ゼノが倒した竜の数で賭けが始まり、ウナローが部下にキレる。
④有那商会一の腕利き針子が、オルキスが錬成した布を見て興奮で倒れる。
⑤オルキス磨き係のウナリーヌが、「オルキスを磨くために生まれてきた!!」とオルキスの侍女になる。
という事態になった。
そこからは、打ち合わせ作業だ。
ウナナ族にかかれば、大聖堂の警備などザルも同然。ゼノとリティシアは手紙でやり取りを行い、当日の流れを細かく決めた。
最も意見が分かれたのは、ゼノが真実を『民衆の怒りを受け入れ自らルクスダインへと赴いたゼノに、王が力を貸した』と作り変えたことだった。特にリティシアの怒りが凄まじかったが、結局は『先代の王の悪行を白日の下に晒すよりも、それを利用してルクスダインの地位を固めた方が良い』というゼノの意見に同意する形となった。四十年も前の、前王とゼノ、そしてリティシアしか知らない事実なのだ。ましてや当代の王は、穏健派として知られている。作られた『真実』を知れば、今後もゼノがルクスダインで魔王城を見張っていてくれると勝手に思ってくれることだろう。おまけに、そんな忠臣がいたとなれば、王家の株も上がる。一石二鳥である。
そんなわけで、リティシアという証人を用意して、もっともらしく嘘の歴史を語った。
「オルキスくんは、お父さんの正体とか暴かなくてよかったん?私もタチバナから聞いてるけど、オルキスくんを苦しめてた元凶で、邪教の信徒なんでしょ?許せなくない?審問にかけるなら、協力するよ?」
黙っていれば上品な淑女であるリティシアの絶妙に過激な発言に、オルキスは礼を告げてから「ですが」と続けた。
「あの場で父が邪教の信徒だと明るみになれば、兄や妹はもちろん、家の者全てが連座となったことでしょう」
この国において、邪教とは違う神を信仰する異教を指す言葉ではない。その名の通り、邪悪とされる者、つまり魔王を信仰する集団を指している。見つかれば、当人だけでなく関係者諸共極刑は免れない。
「タチバナ様は、父は邪教の信徒だと仰ったのですよね。……僕のように、父が誰かに操られている可能性はありますか?」
「それはない。あったらタチバナが教えてくれてる。彼、そういうところ本当にちゃんと勇者してたから」
問いかけに、リティシアがきっぱりと答えた。
今はもう英雄譚として語られるだけとなった、勇者タチバナ。その生き方が、愛情や信頼とともにリティシアから伝わってくる。
「では、ユーライト家の中に邪教に関係している者は、いますでしょうか」
「身内にいるって話は聞いてない。だよね、ゼノ?」
「ユーライト家では、伯爵だけだといっていたな」
「……だとすれば、兄や妹は何も知らないと考えられます。使用人たちも、同じです。いつの日か父は報いを受けるのかもしれませんが、関係ない人たちを巻き込みたくはありません」
だからあの場で父を追求することはできませんでした、と。オルキスは、そう告げた。
「あら〜なんて良い子……。うちの神官より聖職者に向いてる」
感心したように、リティシアが呟く。
会場でゼノや彼女が言った、オルキスの身体を操っていた悪しき存在を祓った話なども、もちろん嘘だ。オルキスを縛っていたものは、追放の日にユーライト伯爵が回収していった。つまり真実を知る伯爵だけが、ゼノたちが嘘をついたと知っている。
しかしそれを指摘して、不利になるのはユーライト伯爵の方だ。だから彼はあの場では何も言わず、けれどもせめてオルキスを連れて帰ろうとして、ゼノに阻止されていたわけである。
「でもさぁ、それでお父さん、諦めてくれんの?私なら、オルキスくんを取り返そうと考えるかも。だってタチバナお墨付きの、魔王の器なんでしょ?」
「まぁ、儂から引き離そうと、手勢を率いては来るだろうな。……で、その上で聞くがリティシア。儂に勝てる者が、いると思うか?」
ニヤリ、と笑ったゼノに、リティシアも満面の笑みで返した。
「いるわけないっしょ。元から化け物みたいに強かったのに、タチバナから力まで貰ってんだから」
「あぁ、旦那のアレか。ありゃ、やべえな」
「ウナー」
腕を組んで同調するように頷くウナローとウナモリに、聞いていたオルキスは首を傾げた。
「ゼノさんの力って……、もしかして前にゼノさんが言っていたタチバナ様からの贈り物、ですか?」
「そうそう。ガチでエグいやつ。ま、今夜にでもわかるんじゃない?私がタチバナから貰った『真実の目』の情報によると、邪教の連中を集めてオルキスくんを奪還しに来るつもりらしいから」
ちなみに真実の目ってコレね、とリティシアが自らの左目を指差す。勇者タチバナを見送った際に、贈り物として受け取ったのだという。所謂千里眼で、知りたいと思えば距離や場所、そして時間なども無関係に『視る』ことができる。なお、手に持っている『真実の水晶』は単なる飾りとのこと。彼女の失脚を狙う者はまずそちらを狙うため、敵を炙り出すのにちょうど良いらしかった。
「たかが伯爵家の当主が、旦那から兄ちゃんを奪おうってのかよ。命知らずもいいとこだな。……旦那、どうする?うちが所有してる屋敷は他にもあるから、穏便に済ませたきゃ移動できるぜ?」
ひーふー、と屋敷を数えるウナローに、ゼノが首を横に振った。
「いや、ユーライト伯爵の動きも予定通りだ。平和的な解決になるかは、向こう次第だが」
「……お〜、怖ぇ……。兄ちゃん、あんたもとんでもねぇ人に惚れられたな」
「……えっ?」
「——ゴフッ!」
「ちょっとゼノ、咽せると危ないよ。年取ったら嚥下機能が衰えるのは、私もわかるけどさぁ」
ウナローの呟きは気になったが、それよりも咽せているゼノが心配になり、オルキスはその大きな背を摩った。
「……大丈夫ですか?」
「ちょっと窒息しかけた……」
屈んで咳をしていたゼノが、「ふ〜」と顔を上げる。それから何事もなかったかのように、ウナローへと声をかけた。
「今夜用事を済ませたら、そのまま発つ。『屋敷の掃除代』は、後で清算してくれ」
「りょーかい。馬車はどうする?」
「走った方が速い」
「でーすーよーねー」
ウナナナ、と笑ったウナローが懐から金の懐中時計を出して「おっと、次の商談の時間だ」と声を上げた。
「んじゃまぁ。解散ってことで、お疲れ〜。ゼノ、いつでも遊びに来なよ?四十年ぶりに連絡してきたかと思えば、本当に『オルキスきゅん』を助けててさぁ。私結構ガチで感動してんだから」
「あぁ。王都に用はないが、リティシアが呼ぶのなら、オルキスを連れてまた来るとしよう」
「ふふっ……。——良かったね、ゼノ」
立ち上がったリティシアが「防音解除」と呟き、扉の向こうへ「終わりましたよ」と声をかける。控えていた神官たちが開けた扉から出ると、こちらを振り返り、聖女皇に相応しい慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
「また、お会いしましょう。お二人に、神と、勇者タチバナの御加護があらんことを」
扉が閉められ、オルキスの側にいたゼノが「猫被りすぎだろ……ウナナ族か、あいつは」とポツリと呟いた。
「でも、とても優しくて楽しい方ですね」
「ああ、儂は良い友を持った。——……ただし、あれに惚れたせいでタチバナを裏切ったと思われたのは、今でも釈然とせんがな」
「……ははは……」
さすがに何と返していいかわからず、オルキスはとりあえず笑ってごまかした。




