先生の彼女になりたいくらい
土曜日の昼前、終先生のアパートに着いた。
玄関のドアが開いた瞬間、ふわっと美味しそうな匂いがした。
靴を脱いで上がると、廊下の端から、猫のぬいぐるみがこちらを見ていた。
右を向くと下駄箱の上にも3匹、鎮座している。
「お邪魔しまーす……って、うわあ。先生の部屋、本当にぬいぐるみでいっぱいですね」
リビングの棚にはラピピが並んでいる。ソファーの上にはうさぎ、テレビ台の横にはタコ、カーテンレールの上にも、鳥のぬいぐるみが置かれていた。
「あはは……いらっしゃい、佐倉さん。ごめんね、適当に座ってて。すぐお昼ご飯持っていくから」
先生はそう言ってから、キッチンへ戻った。
私はクッションの間に埋もれていた丸いぬいぐるみを端に移動させて、クッションの上に座った。
テーブルにはランチョンマットが二枚敷かれ、片方の端にはラピピのコースターが置いてあった。
しばらく待っていると、先生はオムライスが乗ったお皿を持って戻ってきた。
「お休みの日にご馳走になっちゃって、すみません。……わ、美味しそう。いただきます」
「……ど、どうかな? お口に合うといいんだけど」
隠し味があるのか、普通のお店のオムライスより美味しく感じた。
「んっ……これ、すっごく美味しいです! 先生、お料理上手ですね」
「えへへ……そ、そう? そんなふうに褒められると、なんだかすごく照れちゃうなぁ……」
「いっぱい作っちゃったから、たくさん食べてね」
「はい!」
照れを誤魔化すように、先生はクッションの横にあった一匹のぬいぐるみを取って、向きをまっすぐに直した。
「はい! ……ふふ、それにしても可愛いですね。この子たち。これがうさ先輩で、こっちがたこ部長ですね」
私が指した棚の上で、眼鏡をかけたうさぎと、ネクタイを締めたタコが並んでいた。
「あ、それとこっちのソファーにいるのがね、ちょむちょむで……こっちの子が……あっ、ご、ごめんね。生徒を相手に、ぬいぐるみの紹介なんて」
先生の手が、ちょむちょむの頭の上で止まった。
「そんなことないですよ。可愛いなって思って見てました」
「うぅ……私、もう二十三歳なんだよ? 彼氏も作らず、休みの日は部屋でぬいぐるみ遊びだなんて……本当に情けない大人だよね……」
私はケチャップライスを、スプーンでもう一口すくった。
情けなくなんてない、と言いたいのに、うまい言葉が出てこない。
「先生……」
「大学の時に付き合ってた彼氏とは、就職した瞬間にすれ違ってすぐ別れちゃうし……」
相槌のタイミングを、少し外した。
先生の恋愛話を、教えてくれるとは思わなかった。
「そうだったんですね」
「この前も、ちょっと頑張って婚活アプリで会ってみたんだけど……全然うまくいかなくて、すぐ自然消滅しちゃったし……」
私はスプーンを置いて、次の言葉を待った。
先生なりに、頑張った結果なんだろうな、と思う。
「はぁ……私って、そんなに魅力ないのかなぁ……」
私はフォークを置いて、先生の顔を見た。
魅力がない、なんて本気で言ってるんだろうか。
「そんなことないです」
「え……?」
攻略のためじゃなく、そう思ったのは私の本心だ。
「私、先生が学園でいつも一生懸命なところ、ちゃんと見てますから」
「さ、佐倉さん……」
頼りないところはある。けれど、一生懸命な人でもある。
「授業はすごく分かりやすいし、時々挟んでくれる解説も面白くて、私好きですよ」
「そ、そうかなぁ……?」
先生は空いている手で、もちおの頭を撫でた。
「それに」
「それに?」
先生は、もちおを抱きしめた。
――――先生に近づくなら、今しかない。
「先生、すっごく可愛いですよ。私がいっそ、先生の彼女になりたいくらい」
「なっ……!?」
先生の手からもちおが落ちてしまった。
真っ赤になって、動揺しているのだろうか。
「あ、ふふ。先生、今ドキッとしました?」
「せ、先生をからかわないでくださいぃっ!」
「あははっ、ごめんなさい〜!」
赤い顔のままもちおを膝に乗せ直す先生を見ながら、私はもう少しだけここにいたいと思った。




