ずっと、待ってるみゅん
放課後のオカルト研究部に行くと、ののみがダウジングロッドを持って、座っていた。
「ぴこーん。今日の議題は旧校舎みゅん」
「旧校舎は、議題にするだけにしようね? 行かないからね?」
「ツッチー先生、声がもう行く前提で震えてるみゅん」
「震えてないです。先生は顧問として、危険な活動を止めているだけです」
終先生はタブレットを胸に抱え、机の端へ寄っている。
「旧校舎には、夜になると誰もいない廊下を歩く音がするみゅん」
「しない。しないよ。聞こえたら、それは建物のきしみです」
「あと、閉まってるはずの音楽室で、ピアノが鳴るみゅん」
「旧校舎のピアノは新校舎に移動されたからありませんよ……?」
「先生、顔が青いみゅん」
「照明のせいです」
「部室の照明、青くないみゅん」
十六室で決めた作戦を、私はこなさなければいけない。
終先生とののみ。同じ部室で、別々に近づく。言葉にすると簡単で、目の前に並ぶと胃に悪い。
「旧校舎って、今は立ち入り禁止なんですよね?」
「そうだよ。耐震工事予定で閉鎖中。生徒だけで入るのは絶対だめ」
「生徒だけじゃなければいいみゅん?」
「顧問を連れて行こうとしないでぇ」
終先生が、助けを求める顔で私を見る。
ここで助けると先生の好感度は上がる。ののみの好奇心を否定してしまう。難しい状況だ。
「ツッチー先生はビビりだから留守番でいいみゅん。ののみんと真白ちゃんで、未知の扉を開くみゅん」
「顧問の威厳がぁ……」
「顧問の威厳、旧校舎で再受信できるみゅん」
「それ受信しに行ったら先生が職員室で怒られるやつだよね?」
終先生が情けない声で返すと、ののみはダウジングロッドを机に戻した。
「……やっぱり、立ち入り禁止なら、だめみゅんね」
ののみの声が落ちた。
「ごめんね、二人とも。先生、そろそろ別の仕事があるから行かないと」
「ツッチー先生、逃亡みゅん?」
「逃亡じゃないです。職務です」
「職務なら仕方ないみゅん」
終先生は鞄を持って、扉のところで振り返る。
「佐倉さんも、四条さんを止めてあげてね。旧校舎、本当に危ないから」
「はい」
引き戸が閉まる。
部室には、ののみと私が残された。
「ののみ」
「みゅん?」
「旧校舎、内緒で行っちゃおうか」
ののみは椅子から跳ねるように立ち上がった。
「ぴこーん! 真白ちゃん、禁断の扉を開く波長みゅん! いつ行くみゅん?」
「明日とかどうかな? でも、旧校舎ってどうやって入れるかな? 鍵かかってるよね……」
「大丈夫みゅん! 実はガラスが壊れている窓があるのを、知ってるみゅん。ののみん、下見済みみゅん」
下見済み、と来た。ののみは本気だ。
紡先輩が旧校舎を気にしていたし、私にとっても都合がいい。
「じゃあ、連絡先交換しよう。集合時間、メッセージで決めるから」
「真白ちゃんの連絡先、登録するみゅん!」
ののみはスマホを出して、私の画面に表示したコードを読み取った。
すぐにトーク画面へメッセージが届く。
『ぴこーん。ののみんだみゅん』
私は短く返した。
『佐倉真白です』
「堅いみゅん」
「最初の挨拶だから」
ののみは、画面に出た私の名前を見つめていた。
その嬉しさを、私はこれから利用する。
***
十六室で旧校舎の話をすると、紡先輩はすぐにスマホを差し出した。
画面には、古い図面と、学園の廊下に貼られている避難経路図の写真が並んでいる。
「旧校舎の古い竣工図。事務の書類庫にある、許可がないと閲覧も複写もできないものよ」
「どうやって見たんですか」
「郷土史を調べている、という名目で申請したわ」
紡先輩は画面を指で拡大する。
古い竣工図には、旧校舎の一階の端から地下へ降りる階段が描かれていた。
「最近のループで、やっと気づいた。この校舎、図面がおかしい」
「地下ですね」
「そう。古い竣工図には地下と、地下への階段がある。でも、今の避難経路図からは地下が消えている。描き直されているの」
紡先輩は、現行の避難経路図を表示した。
そこには、同じ場所に倉庫とだけ書かれている。
「それに、各部屋の寸法を足すと、建物の外形と合わない。廊下の突き当たりに、説明できない空間が残る」
「そこに行けばいいんですね」
紡先輩がスマホをこちらへ傾ける。二人で覗き込むと、肩が触れた。
「おい」
雪乃が割り込んだ。
雪乃はスマホをつまんで、テーブルの上へ戻す。
「話は終わったか?」
「まだ途中」
「あんたたち、さっきから画面見るふりしてくっついてるだろ。……特に真白、デレデレしすぎ」
「いや、図面を見てただけで……!」
「スマホを机に置いて見ればいいだろ」
雪乃が紡先輩を押しのけ、私の左隣に座った。
私の左腕を引き寄せて、自分の胸元に抱え込む。紡先輩はソファーから立たざるを得なくなった。
すると今度は、反対側から久遠先輩が腰を下ろす。
「黒羽さんも、真白のことが好きになってしまったのかしら」
「そんなことないわよっ!」
真っ赤になって怒鳴る紡先輩をよそに、久遠先輩は私の右手を両手で包む。
「でも、真白は本当に可愛いものね。こうして少しでも目を離すと、すぐに誰かに奪われてしまいそうだわ」
「く、久遠先輩……っ?」
左右から固められて、もう腕一本、まともに動かせない。
紡先輩は向かい側へ座り直し、テーブルの上のスマホをこちらへ向けた。
「それで、前のループで行こうと思っていたんだけど、真白とのことがあったから行けていない」
紡先輩は二人の牽制を無視して、画像の端を拡大した。
「旧校舎に行くなら、この突き当たりを見てほしい」
「分かりました。ののみと旧校舎へ行く時に見てきます」
私が答えると、紡先輩はスマホを置く。
「……本当は、私と一緒に行ってほしかったけれど。戻ってきたら、今度は邪魔が入らない場所で、ゆっくり成果を聞かせて欲しい」
「このチビ! 何どさくさに紛れて誘ってるんだよ!?」
「あらあら、黒羽さんも積極的ですこと」
左右からの力が強くなる。
旧校舎の謎を追う前に、このソファから抜け出す必要がありそうだった。
***
夜の旧校舎は、学園の西側にあった。
西門でののみと合流する。私はスマホのライトをつけ、ののみはダウジングロッドを構えていた。
「ぴこーん。真白ちゃん、不思議な波長があるみゅん」
「しーっ! 声、落として」
「みゅん」
旧校舎の正面玄関は板で塞がれている。
ののみは迷わず校舎の横へ回った。割れた窓に養生テープが貼ってあり、端が剥がれている。
「ここ、前に見つけたみゅん。一人で下見してたみゅん」
ののみはテープの隙間から手を入れ、錠を回した。
窓が開き、私たちは一人ずつ越えて廊下へ降りた。
床には埃が積もり、空の教室がライトの先に見えた。
「ぴこーん。ここ、霊道が交差してるみゅん」
「どっち?」
「右みゅん。……真白ちゃん、信じてくれるみゅん?」
「否定する材料もないし」
ののみの足は止まらない。
でも、声から勢いが抜けていく。
「みんな、ぴこーんって笑った後、ののみんを置いて先に行っちゃうみゅん」
「得意にならなくていいよ」
「置いてけぼり、ののみん、得意なんだみゅん」
「今日は、二人で調査するんでしょ」
ののみが、目を丸くする。
「……みゅん」
「そこ、ぴこーんじゃないんだ」
ののみはロッドを構え直した。
紡先輩の図面が正しければ、地下への階段はこの先にある。
ライトを上げると、突き当たりに階段はなかった。
壁があるだけだ。
けれど、廊下の長さが、図面より短い。
「ぴこーん。……ここ、びびっとくるみゅん」
ののみがロッドの先を、壁へ向けた。
私はライトを近づける。塗装の色が、周りと違う。
手を当てて押すと、壁がわずかにたわむ。
「これ、壁じゃない」
継ぎ目に爪をかけて引くと、塗装ごと板が剥がれた。
角材の下地にベニヤを張って塗っただけだった。奥から出てきたのは、鋼鉄の扉だ。
「ぴこーん! 出たみゅん、本物の未知の扉みゅん! ののみんのアンテナ、振り切れてるみゅん!」
「うん。鍵が、かかってる」
太い鍵穴がひとつ。
押しても引いても動かない。壊せる扉じゃない。
「ぴこーん……ここ、誰かいるみゅん」
「誰か?」
「ずっと、待ってるみゅん」
気づいたら、口が動いていた。
「……その誰かも、置いてけぼりなのかもね」
スマホで写真を撮る。
剥がした板、鋼鉄の扉、鍵穴。私は保存された画像を確認する。
そろそろ帰ろうということになり、私たちは来た道へ向かった。
窓を越えると、夜の空気が肌に触れた。
ののみが窓を閉める。私は、その手を取った。
「……みゅん?」
「帰ろう」
ののみが、繋いだ手を握り返してくる。
壁の向こうに何があるのかは、まだ分からない。
でも、隣にいるちょっと照れたののみを見て、今日はここに来てよかったと思った。




