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女の私が女の子を抱かなきゃ帰れないって、どういうこと!? ~エロゲ世界に転生したのでヒロイン十六人を攻略します~  作者: 円井ねここ
第五章 届かない相手

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あんた、誰……?

 涼香(すずか)の家は、駅から歩いて十五分の住宅街にあった。

 表札に「双葉」とある。

 何度もメッセージは送り合ったのに、家に来るのは初めてだ。

 インターホンを押すと、すぐに玄関が開いた。


「……来た」

「うん。お邪魔します」


 涼香はドアを開けて、私を中へ通した。

 家族は旅行で、二、三日いないらしい。

 夕食は、涼香の手料理だった。

 テーブルに並んだのは、ご飯と、肉じゃがと、味噌汁。

 涼香が、台所とテーブルを何度も往復する。


「座ってて。ほら」

「手伝うよ」

「いい。座ってて」


 箸をつける。

 肉じゃがも味噌汁も、ほんの少ししょっぱい。涼香が、何度も味見した跡だと思った。


「……おいしい」

「嘘」

「ほんとに。ちょっとだけ、味は濃いけど」

「………」


 涼香が、私を睨んだ。

 でも、箸を持つ手が、さっきから止まっている。


 食べ終わる頃には、涼香はよく喋っていた。

 いつもの、短く突き放す涼香ではなかった。

 付き合っていた頃のことを、一つずつ、嬉しそうに並べていく。


「覚えてる? 中学のとき。真白(ましろ)、反対方向なのに、私が一人で帰ってると、いつも駅まで付いてきてさ」

「……ああ、うん」

「『たまたま同じ方向』って、毎回バレバレの嘘ついて。あれ、今思えば……」


 私は、相槌を打つが、もちろんそんな記憶はない。

 この世界の『私』が、涼香とどんな時間を過ごしたのか、私は何も知らない。

 猫カフェのときと、同じだ。

 涼香が話す思い出の中に、私はいる。いるのに、私じゃない。

 それでも涼香は、嬉しそうに話し続ける。

 私は、「うん」と「そうだったね」を繰り返すことしかできなかった。


 気がつくと、二十三時を回っていた。

 涼香は、まだ話し足りなさそうだった。


「真白、先にお風呂入って」

「いいの?」

「いいから」


 脱衣所には、新しいタオルと、封を切っていない歯ブラシが一本、置いてあった。

 棚には、箱に入ったままの入浴剤。

 涼香が今日のために用意したものが、家のあちこちにあった。

 全部、明日には涼香の中から消える。

 用意したことも、用意した相手が私だったことも、忘れる。


 風呂から出ると、交代で涼香が入った後、リビングでスマホを見ていた私を呼び、涼香の部屋へ案内してくれた。

 涼香の部屋は、片付いていた。

 床に、布団が敷いてある。

 一組だけ。


「……何も言わないで」


 涼香が、壁のスイッチに手を伸ばす。

 電気を、半分だけ落とした。

 部屋が、常夜灯のオレンジ色になった。


 涼香が、私の前に座った。

 私は涼香の首筋に手を滑らせて、唇を重ねた。

 涼香は逆らわず、私の胸元へ手を伸ばしてきた。

 布団の上に、二人で崩れる。

 幾度かキスを交わしながら、私は涼香のパジャマのボタンに指をかけた。

 涼香の息が上がる。

 キスの途中で、涼香が、目を閉じたまま言った。


「ねえ、あの時の――」


 猫カフェで涼香が言いかけたとき、私は退店時間を言い訳に逃げた。

 でも今度は、逃げなかった。


「うん」


 私が、聞き返す。

 涼香が、目を開けた。

 その目の焦点が、私の顔ではなく、私の少し向こうで結ばれていた。

 涼香の指が、ボタンの上で止まる。

 その手が上がって、私の頬に触れた。

 指先が、顎から頬骨へとなぞっていく。

 何かを、指先で探している。

 探して——見つからない。


「待って……」

「涼香?」


 涼香の指が、私の頬で止まる。

 唇が、開いて、閉じて、また開いた。


「……あんた、誰……?」


 その言葉に、いちばん驚いていたのは、涼香自身だった。


「私、真白だよ」

「分かってる」


 涼香の声が、掠れる。


「分かってる。分かってるのに……なんで……」


 目の縁から、涙がこぼれた。

 次から次へと落ちて、止まらない。

 声が、震える。


「……やっぱり、無理」


 屋上で聞いた言葉だった。

 あのときは、即答だった。早すぎる「は? 無理」だった。

 今度のは、違う。

 喉の奥から、一文字ずつ、絞り出すような声だった。


 私は、涼香の背中へ腕を回そうとして、止めた。

 泣いている涼香を抱きしめても、それは涼香のためじゃない。瓶を満たすため、自分のためだ。

 説得する言葉も、何に謝ればいいのかも、私は分からない。


「……ごめん」


 それでも、口から出たのは、それだけだった。


「わからない……なんで……涙、止まらないの……」


 涼香は、そのままずっと泣いていた。

 私は、その涙を拭くことすら、できなかった。


 枕元のスマホが、〇時に変わる。

 その瞬間、部屋の輪郭が、ぐにゃりと歪んだ。

 涼香の泣き顔が、常夜灯の色と一緒に溶けていく。

 最後に見えたのは、泣きじゃくる涼香の顔だった。

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