土曜の夜で、終わる
期末テスト期間に入り、学園は静かになった。
零式会の活動も休止。放課後は自室へ直行し、教科書とノートを広げる日が続いた。
けれど、勉強の合間にスマホを開く手は止められなかった。
亜里沙とのトーク画面を開く。
『期末が終わったら、お会いできますわよね?』
最後のメッセージから三分も経っていない。
私は返信を打った。
『土曜日の朝からなら』
送信ボタンを押した直後、画面に「既読」がつく。
一秒。二秒。
返信が届いた。
『朝から!? ……ふふ、分かりましたわ。腕によりをかけてお迎えいたします♡』
絵文字。
あの、「得体の知れない生物の画像は何の意図が?」と戸惑っていた亜里沙が、ハートの絵文字を使っている。
私は画面を見つめたまま、トーク画面を閉じた。
続けて、紡先輩とのトーク画面を開く。
『土曜の昼、空けておいたわ』
短い。
紡先輩らしかった。
『場所はあとで連絡します』
『了解』
1時間経ってから、涼香からの返信が来た。
昼に送ったメッセージに、既読がついたのは夜の九時。
返信が届いたのは、さらにそこから一時間後だった。
『期末終わったら、会いたい』
私が送った文面の下に、涼香の返事が一通だけ並んでいた。
『うち、来る? 土曜の夜。親、いないから』
一度読み返して、もう一度読み返してしまった。
泊まりにおいで、という意味だと気づくまでに、数秒かかった。
私はスマホを握ったまま、天井を見上げた。
『行く。また連絡する』
送信すると、既読はすぐについた。
返信がないのが、涼香らしかった。
***
期末テスト最終日。
最後の答案が回収された瞬間、教室のあちこちで歓声が上がった。
ペンケースを鞄に放り込み、私は席を立った。
解放感の中を逆流するように廊下を歩き、十六室の扉を開ける。
ソファーには雪乃と久遠先輩が座っていた。
紡先輩は窓際の椅子に腰掛け、机の上のノートパソコンを見ている。
私が座ると同時に、空気がぐにゃりと歪む。
イルカイルが天井から降りてきた。
「最終確認イルカ~!」
尾びれを振ると、三本のガラス瓶が宙に浮かんだ。
亜里沙の瓶、紡先輩の瓶、涼香の瓶。
それぞれの中で、ピンクの光が揺れている。
「まず亜里沙イルカ。あと一回、えっちすれば満タンイルカ」
亜里沙の瓶は、ほぼ上まで光が満ちていた。
「次、紡イルカ。こっちもあと一回イルカね」
紡先輩の瓶も、縁の手前まで光が届いている。
「最後、涼香イルカ。こっちも満タン目前イルカ。えっちをすれば溢れるイルカね」
涼香の瓶が一番高い位置まで満ちていた。
三本並べると、ほぼ同じ高さだ。
イルカイルが三本の瓶をくるりと回し、私の前に並べた。
「大事なルールの確認イルカ。三本とも同じ日のうちに満タンにするイルカ。一本でも欠けたら、その瓶はリセットイルカよ」
一本でも欠けたら、リセット。
つまり、土曜日に三人全員と会い、身体を重ねなければならない。
「それと、満タンになった日の二十四時にループイルカ。つまり土曜日の夜が、このループの最後の夜イルカね」
土曜の夜で、このループが終わる。
私がここで過ごした日々が、涼香の記憶から消え、亜里沙の記憶から消え、五月や唯花や出海の記憶から消える。
部屋の中が、一瞬だけ静まった。
「質問はあるイルカ?」
「……ない」
「じゃあ、がんばイルカ!」
イルカイルが瓶を消して、天井へ泳いでいった。
やることは、もう決まっている。
同じ日のうちに、三本の瓶を満たす。
朝に亜里沙、昼に紡先輩、夜に涼香。一日で、三人。
口にすれば、ぞっとするほど身勝手な段取りだ。
でも、これが帰るための最短の道だった。
久遠先輩が、私を見た。
「せいぜい、上手くやることね」
いつもの余裕ぶった声。けれど、私から視線を外すのが、いつもより遅かった。
本当は、私が他の子を抱きに行くのを、見送りたくなんてないのだ。
雪乃が立ち上がって、私の前に来た。
何も言わずに、私の制服の裾を握りしめる。少し、痛いくらいに。
「……さっさと終わらせて、帰ってこい」
「うん」
それだけ言って、雪乃は手を離した。
紡先輩は窓際の壁に寄りかかって、夕焼けの中で跳ねた髪をオレンジに染めている。
「真白」
「はい」
「土曜日、待ってるわ」
窓の外を見たまま、紡先輩は言った。
私は鞄を持って、十六室を出た。
廊下に立ち止まって、涼香とのトーク画面を開く。
『じゃあ土曜日、待ってる』。その一文を、何度も読み返した。
朝に別の子を抱いて、昼にまた別の子を抱いた私が、その夜、涼香の家のベッドに入ることを、彼女は知らない。
日付が変われば、ループする。涼香の中から、この夏がまるごと消える。涼香が忘れても、私は忘れない。
私はスマホを消して、再び歩き出した。




