このまま、ホテル?
「お待たせ」
「いえ、私も今来たところです」
土曜日、駅前の時計台の下。紡先輩は待ち合わせ時間の五分前に現れた。
制服ではなく、白いシャツに膝丈のスカート。
髪はいつもより整えられていたが、頭の上の跳ねた髪はそのままだった。
「それで、今日はどこへ行くの?」
「どこへ行きたいですか?」
紡先輩は鞄からスマホを取り出した。
建物の図面が表示されている。
「調査したいところがあるの。学園の旧校舎が気になって」
「デートですよ?」
私はスマホをひょいと持ち上げ、紡先輩の鞄へ戻した。
「今日は街に行きましょう」
「街なら何度も歩いたわ」
「調査じゃなくて、遊びに行くんです」
「同じ場所を歩くなら、得られる情報は」
「紡先輩」
「……何」
「今日は、ただ遊ぶ日です」
紡先輩は不満そうに私を見た。
駅前通りを歩いて、最初に入ったのは本屋だった。
本屋なら、頭が良い紡先輩も興味を持ってくれそうだ。
私は入口近くの新刊台を指差した。
「紡先輩、こういうの好きそうじゃないですか?」
「学園の図書室にある本は全部読んだわ。この本屋の在庫も、ループの中でだいたい読んだ」
「全部?」
「正確には、全部ではないわね。自己啓発本とかくだらないものは読んでいないわ」
私は紡先輩の手を掴んで、本屋を出た。
「次、こっちです」
次に入ったのは雑貨屋だった。
棚にはポーチ、マグカップ、ハンドクリームなどが並んでいる。
私は緑のヘアピンを手に取り、紡先輩の髪の横に合わせた。
「可愛いですよ。買って帰ります?」
「でも、ループしたら買った意味がなくなるじゃない」
値札を見て、棚へ戻そうとする。
私はそれを取って、レジへ向かった。
「真白」
「買います」
「必要ないわ」
「今日は紡先輩を接待する日なので」
袋を受け取って店を出た。
私は紡先輩に袋を渡す。
「プレゼントです」
「ループしたら消えるのに」
私は袋からヘアピンを取り出し、紡先輩の髪に留めた。
跳ねた髪は相変わらず跳ねている。
「似合ってます」
「……そう」
紡先輩は、そのまま店のガラスに映る自分を横目で確認していた。
次は服屋だった。
紡先輩は試着室の前で、露骨に嫌そうな顔をした。
「服なら今着ているわ」
「そういう話じゃないです。あ、これ可愛い!」
「真白が着るの?」
「紡先輩が着てるとこ、見たい」
「……これ、袖がひらひらしている」
「そこがいいんです」
私は淡い色のブラウスと、濃いグレーのスカートを渡した。
紡先輩は試着室に入り、しばらくしてカーテンの隙間から顔だけ出した。
「変ではない?」
「見せてください」
カーテンが開く。
紡先輩は腕を体の前で組み、足元を確認してから、私の方を見た。
普段より柔らかいブラウスの袖が、紡先輩の細い腕を隠している。スカートの丈も合っていた。
「可愛い! すごく似合ってます」
「……本当に?」
「本当に」
「私が自分で買うわ」
レジで支払いを済ませると、紡先輩は紙袋を両手で持った。
昼は、駅ビルの上にある値段の張るレストランへ入った。
学生にはちょっと背伸びをしないといけない値段。
こんなところ入ったことがない。紡先輩もそうだろう。
案内された席に着くなり、紡先輩はメニューを両手で持ったまま、しばらく動かなかった。
「……真白」
「はい」
「このメニュー、桁が一つ多い気がするのだけれど」
「気のせいじゃないです」
「……なら、一番安いものにするわ」
「だめです。今日は好きなの頼んでください」
「……っ、真白がそう言うなら」
結局、紡先輩は一皿ごとに小さく「ほう」と声を漏らして、最後まで残さず食べた。
次は映画館に行った。
紡先輩は今までのループで散々見たと言ったが、一番面白くなさそうな人気アイドル主演のものは見たことないと言ったのでそれにした。
予想通り面白くなかった。
映画館を出て、クレープを食べた。
そのあとも喫茶店でスムージーを飲んだり、ゲームセンターでクレーンゲームに挑戦したりした。
夕方になる頃には、紡先輩の方からこっちに行きたいと要望を出してくれるようになった。
気がついたら十九時を迎えようとしていた。あたりが暗くなり、看板の電気が点灯する。
「こっちの通りは、あまり行かないわね」
「私も行ったことないです。何があるんでしょう」
「ちょっと行ってみましょう」
紡先輩が先に歩き出した。
私はその横に並ぶ。
商店街から外れると、看板の色が変わった。
そして、壁に派手な照明をつけたホテルが何軒も並ぶ通りに出た。
紡先輩が足を止めた。
私も止まった。
「……ここは」
「あ、えっと……。あはは」
私は笑ってごまかそうとして、失敗した。
紡先輩はホテルの入口にある料金表を見ている。
「えっと、入ってみます?」
冗談のつもりだった。
言った直後に、撤回する言葉を探した。
でも紡先輩は料金表から私へ視線を戻し、うなずいた。
「う、うん」
「そうですよね、帰りましょ」
「行くわよ」
「え?」
「言い出したのは真白でしょ」
紡先輩が私の手を取った。
次の瞬間には、ホテルの入口をくぐっていた。




